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ミスターSASUKEに救われた——『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈

彼ならば、ここで諦めないはず——。
新人賞に落選した私を救ったのは、人生を「SASUKE」に捧げた男だった

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 小説家デビューして2ヶ月が過ぎた。
 身のまわりでもっとも大きな変化を感じるのは、Twitterである。デビューした途端にフォロワーが増え、1000人を超えた。
 がんで撮った写真をアップするだけの「きょうの琵琶湖」には、かつては3いいねぐらいしかつかなかったのに、今では二桁のいいねがつく。うれしい感想ツイートや書店の売り場写真をリツイートして、自著のメディア掲載やイベント情報を紹介しているうちに、小説家以前のわたしが何をつぶやいていたのか忘れつつあった。
 過去のツイートをたどってみると、『成瀬は天下を取りにいく』の出版予定が徐々に広まりだした昨年11月、わたしはこんなことをつぶやいている。

 そう、デビュー前のわたしが琵琶湖と並んで関心を寄せていたのは、ミスターSASUKEこと山田勝己だったのだ。
『SASUKE』とはTBSで不定期に放送されるスポーツ・エンターテインメント番組だ。100名の挑戦者たちが、「鋼鉄の魔城」と呼ばれる巨大なアスレチックに挑む様子が放映される。
 制限時間内にすべてのステージをクリアした者には「完全制覇者」の称号が贈られる。1997年から2022年の間に40回放送されているが、完全制覇者はわずか4人だ。
 ミスターSASUKEと呼ばれる山田勝己は完全制覇を成し遂げていない。第1回大会からSASUKEに挑戦している彼は、自宅にSASUKEを模したセットを自作し、トレーニングのしすぎで仕事をクビになり、SASUKEを引退して後進の育成をはじめたかと思えば引退をてつかいして出場し、とにかくその生き様がミスターSASUKEなのである。
 山田の名シーンとしていまだに語り継がれているのは第10回大会(02年)でのできごと。サードステージの最終エリアで敗退した山田は涙ぐみながら、
「俺には……SASUKEしかないんですよ」
 の名言を残す。当時まだ若かったわたしはそんな山田に感動することはなく、なんか変な人だなと冷めた目で見ていた。

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