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透明ランナー|『戦争と女の顔』――私たちの戦争は終わらない

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 こんにちは。あなたの代わりに観てくる透明ランナーです。
 この映画を紹介できること、それは私にとって何よりの喜びです。初めて本作を観たのは2019年。私はあまりの素晴らしさに言葉を失い、「こんなにすごい映画がある!」「絶対日本でも公開されるべき!」と周囲に言い続けてきましたが、2022年7月15日(金)ついに劇場公開されることとなりました。
 何も言わずにとにかく観てほしい。その一言に尽きます。

 カンテミール・バラーゴフ監督の映画『戦争と女の顔』の舞台は、第二次世界大戦終戦直後、独ソ戦により荒廃した1945年のレニングラードです。多くの傷病軍人が収容される病院で働く看護師のイーヤは、戦場で負ったPTSDを抱え、突然訪れる発作に苦しめられています。彼女は戦友のマーシャから預かった男児を育てていましたが、ある日後遺症の発作で身体が動かなくなり、男児を押しつぶしてしまい、その生命は失われます。戦地から帰還しその事実を知ったマーシャは、「行くよ、踊りに」とイーヤを連れて街に繰り出します――。

© Non-Stop Production, LLC, 2019

 本作の原案は2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(1948-)の『戦争は女の顔をしていない』です。独ソ戦に従軍したソ連軍の女性兵500人以上の証言を集め、これまでの男性目線で描かれてきた戦争体験記とは異なる悲惨な記憶を生々しく綴った作品です。10代~20代で従軍した女性は約100万人にものぼり、衛生兵や通信兵だけでなく狙撃兵や戦闘機のパイロットも務めました。彼女たちは勤勉さと優れた能力を活かして戦果に貢献しましたが、表立って評価されることはほとんどなく、それどころか帰国すると「戦地のあばずれ、戦争の雌犬め」と蔑まれ、肩身の狭い思いをしてその後の人生を送っていかなければなりませんでした。

 本作は第二次世界大戦を題材としていますが、戦闘シーンは劇中でまったく描かれません。戦場から帰還した2人の元女性兵を通し、戦争がその後の人生を長く暗く重く侵食していく様子を描き出しています。


『戦争は女の顔をしていない』

 本作は『戦争は女の顔をしていない』に収録されている複数の証言を基にしていますが、そのひとつが高射砲指揮官ワレンチーナ・パーヴロヴナ・チュダーエワのエピソードです。彼女は父の戦死の知らせを受けて志願して前線に赴きましたが、帰国後は女性としての扱いを受けることができず苦悩します。「鏡を見ても自分だと思えなかった。四年間というものズボンしかはいていなかったからね」と彼女は語ります。

 本作では戦場で失われた女性性、あるいは男性性に過剰に適応したあり方が象徴的に表現されます。主人公のひとりマーシャは夫のかたきを討つためにドイツに進軍しますが、負傷して帰国し、医師に「命を生む器官はもう残っていない」と告げられます。マーシャが初めて登場する場面では軍用ブーツが静かに映し出され、軍服姿の彼女の胸にはいくつもの勲章が掲げられています。
 もうひとりの主人公イーヤは「Beanpole」(のっぽ)という英題の通り長身で、劇中に彼女より背の高い男性は一人も登場せず、常に男性を見下ろす構図になります。イーヤはPTSDの影響で感情の抑制が利かず、ナンパしてきた男を車から引きずり下ろして顔の形が変わるまで殴打し続けます。

 私たちは18歳から20歳で前線に出て行って、家に戻ったときは22歳から24歳。初めは喜び、そのあとは恐ろしいことになった。軍隊以外の社会で何ができるっていうの? 平和な日常への不安……同級生たちは大学を終えていた。私たちの時間はどこへ消えてしまったんだろう? 何の技術もないし、何の専門もない。知っているのは戦争だけ、できるのは戦争だけ。
 戦争とは早く縁を切りたかった。軍外套を普通の外套に縫い直し、ボタンを付け替えた。使っていた軍靴は市場で売ってパンプスを買った。初めてワンピースを着た時には涙にくれたものよ。鏡を見ても自分だと思えなかった。四年間というものズボンしかはいていなかったからね。負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる? 結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。

ワレンチーナ・パーヴロヴナ・チュダーエワ(高射砲指揮官)のインタビュー
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』
(2016年、岩波書店、三浦みどり訳)P.182
© Non-Stop Production, LLC, 2019

 ロシア文学者の沼野恭子は「証言者ワレンチーナが、『初めてワンピースを着たときには涙にくれたものよ』と話した内容が、本作でどのように肉付けされ変容しているか、見事なアダプテーションをぜひご覧いただきたい」と評しています[1]。私もまったく同感で、この証言を基にバラーゴフは魔法のようなシーンを創造しているのですが、そこはぜひとも観ていただきたいです。

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