透明ランナー|「ルートヴィヒ美術館」展――ドイツ表現主義から現代美術まで、“市民が創った”豪華なコレクション
こんにちは。あなたの代わりに観てくる透明ランナーです。
あれは2010年10月のこと。東西ドイツ統一20周年を記念して各地で行われる式典にあわせて私はジャーマンレイルパスでドイツ全土を旅行していました。フランクフルトからハンブルクに向かう途中ケルン中央駅で3時間の乗換時間があり、駅から目と鼻の先にある美術館に寄る計画を立てていました。コレクションや美術館の歴史などを調べてウキウキでその日を待っていたところ、前の列車が遅延して乗換が20分しかなく泣く泣く諦めた……という思い出があります。
6月29日(水)から国立新美術館で始まった「ルートヴィヒ美術館」展は、そんな私にとって12年越しに叶った念願の機会です。20世紀初頭のドイツ表現主義やロシア・アヴァンギャルド、現代アートに至るまで、幅広いジャンルの傑作が約150点並んでいます。ドイツを代表するキルヒナー、オットー・ディクス、マックス・ベックマン、ロシアのラリオーノフやロトチェンコ、シャガールにマティスにピカソ、ヨーゼフ・ボイスまで……夢のような豪華な空間です。
副題に「市民が創った珠玉のコレクション」とあるように、ルートヴィヒ美術館は多くの市民コレクターの寄贈によって成り立っています。同美術館は実業家のペーター&イレーネ・ルートヴィヒ夫妻が1976年ケルン市に約350点の作品を寄贈したことをきっかけに設立されました。本展では特徴的な試みとして、キャプションに「○○年 ○○より寄贈」と来歴が必ず記載されています。数多くのコレクターの寄贈や協力を得てコレクションを拡大してきた歴史に思いを馳せることができます。
本展は序章から第7章まで8つのセクションに分かれ、ジャンルや年代が幅広く点数も多く非常に見応えがあります。そのため網羅的に紹介するのが難しいのですが、個人的に大好きで日本でなかなか見る機会がない芸術家の作品を紹介していきたいと思います。
パウラ・モーダーゾーン=ベッカー
「第1章 ドイツ・モダニズム――新たな芸術表現を求めて」の部屋を訪れるとまず掲げられているのが、ドレスデン生まれのパウラ・モーダーゾーン=ベッカー(1876-1907)の作品です。女性画家がほとんどいなかった時代において、芸術家が集うブレーメン郊外のヴォルプスヴェーデ芸術村の思想に共鳴し、村に移住して制作を続けました。本展に出品されている「目の見えない妹」(1903年頃)は村の救護院の子どもたちをモデルにした作品です。彼女は道半ばの31歳にして、第一子を産んだ約3週間後に病に倒れその生涯を終えました。
モーダーゾーン=ベッカーについてよく知られているのは詩人ライナー・マリア・リルケ(1875-1926)との交流です。リルケがセザンヌから受けた感銘をパートナーで彫刻家のクララ・ヴェストホフに綴った一連の手紙は『セザンヌ書簡』として知られていますが、クララにセザンヌを紹介したのがモーダーゾーン=ベッカーでした。
生前売れた数点の絵画のうち1点はリルケが購入したものであり、1908年にパリで彼女を追悼する長編詩「ある女友だちのためのレクイエム」を執筆し、その思い出に捧げました。モーダーゾーン=ベッカーの画集を見るたびにリルケの詩を、リルケの詩集を読むたびにモーダーゾーン=ベッカーの画を思い出し、私にとって両者の美学的なイメージは分かちがたく結びついています。
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