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久田かおり|読んでいるうちに自分も芝居町の住人になった気がしてくる。米原信『かぶきもん』に寄せて

歌舞伎をこよなく愛する大学生にして、オール讀物新人賞史上最年少受賞者米原まいばらしんさん(受賞時19歳)のデビュー作。
9歳で歌舞伎に出会って入門書を読み漁り、地元群馬から東京にほぼ毎月歌舞伎に通った米原さん。筋金入りの歌舞伎好きのデビュー作に、文芸書評、文庫解説などでも活躍する精文館書店中島新町店の久田かおりさんがレビューを寄せてくれました。

「とざいとぉーざいぃー。こちらにわか歌舞伎ファンによる米原信作読物レビューを、あいつとめまするぅー」なんて怪しい口上を思わず述べたくなるくらい『かぶきもん』は影響力の強い一冊だ。

 時は文化文政、花のお江戸は芝居町を舞台にした歌舞伎物語を19歳の現役大学生が描いたというのも、彼が歌舞伎に目覚めたのが9歳というのも驚きだ。10年前の9歳なら普通はコナンかピカチュウかでしょうに。しかしまぁ、9歳が歌舞伎に興味を持つことはあるだろう。でもそれが十数年続き、そして大学生になっていよいよ観劇三昧、一冊の小説を書きあげるくらいにのめりこんじゃったというのがスゴい。

「歌舞伎」という言葉を知らない人はあまりいないだろうけど実際に生で歌舞伎を見たことのある人はそれほど多くはないのでは?

「ちょっと映画を観てくるわ」というのと「ちょっと歌舞伎を観てくるわ」というのとではかなり重みが違う。歌舞伎という伝統芸能は事前知識なしに観るにはハードルが高いのだ。実は私自身も映画館で上映されるシネマ歌舞伎を入れても一桁回しか観たことがない。歌舞伎を知っている、なんて口が裂けても言えない。そんな無知な状態で偶さか手に取った『かぶきもん』にこれほど心惹かれるなんて思いもよらないことだった。

 そもそも歌舞伎にはいろんな「型」というものがある。本作の中にもこの「型」をめぐって役者同士の「喧嘩」が描かれたりもするのだけど、観る側にもこの「型」の知識が求められる。いや、知らずに観ても構わないのだけど、「型」に沿ってのお約束事に合わせられるかどうかで楽しみ方に奥行きと広がりが出てくる。それが大きな魅力でありハードルでもあるのだけど、そのハードルをネットで検索したり動画を観たり、にわか知識をぶら下げながら読む楽しさに満ちているのだ、この小説は。

 

 まず冒頭の「牡丹菊喧嘩助六(はなとはなきそうすけろく)」はその「型」をめぐる江戸歌舞伎の二大スター七代目市川團十郎と三代目尾上菊五郎の競演だ。助六といえば代々團十郎のお家芸。そのお家芸に江戸イチ色男菊五郎がいきなり喧嘩を吹っ掛けたもんだから江戸の芝居好きも大騒ぎ、というお話。実際に同じ時期に團十郎と菊五郎が助六を演じたという記録があるらしく、そこからこの二人の間にどんな「競演」があったのか、と作者の想像が歴史を埋めていく。

 時代小説というのは史実という点と点の間が想像でつながれ、それがどんどん広がっていくところに楽しみがあるのだな、としみじみ思う。この喧嘩の意外な結末は読んでのお楽しみということで詳しくは書かないが、「型を知る」事、そしてそのうえで「型を破る」事の大切さを思い知らされるだろう。

 そして二章目からは、このライバル二人と、天才戯作者鶴屋つるや南北なんぼくの三人が江戸の歌舞伎をどんなふうに彩り、盛り上げていったのかがテンポよく次々と描かれていく。このテンポの良さに作者米原信が楽しんでこの小説を書いている姿がうかがえる。

 今では高尚な趣味のような歌舞伎観劇が、今よりずっと庶民にも馴染み深かった様子や、歌舞伎小屋の座元、金主と作者や役者の契約関係などもよくわかる。また「東海道四谷怪談」と「仮名手本忠臣蔵」の二つが同時上演されていたなんて明日ドヤ顔で誰かに教えたくなるネタも山盛りだ。

 なんてつらつらつらつら書いてきやしたけど、そんなことはこの読物の魅力のほんの一部分にしか過ぎないんですよ。この『かぶきもん』の良さは、とにかく登場人物たちの活きのよさ、これに尽きる。元建具屋の息子から江戸イチの色男役者に上り詰めた三代目菊五郎も、江戸随市川團十郎も、天才戯作者鶴屋南北も、みんながすぐそばで侃々諤々かんかんがくがく、てやんでぇ、べらぼうめ、とやり合ってる気がしてくる。気がするだけじゃなく、眼にも浮かんでくるのだ。

 特に、オール讀物新人賞を受賞した第五章目「盟信が大切(かみかけてしんがたいせつ)」はとびきりの面白さだ。お岩さんの大当りにもかかわらず太宰府へと旅立った菊五郎不在の芝居町。歌舞伎の粋をかけらも知ろうとしない業突く張りの金主今助とそれに迎合する座元VS芝居小屋の仲間たちの、意地を賭けた「闘い」が臨場感たっぷりに描かれる。南北の書いた「盟三五大切」は忠臣蔵の外伝であり四谷怪談の後日談でもあるのだが、これを上演することで今助が出した条件、勝っても地獄負けても地獄のその賭けを南北軍団がどう闘うか。これがまぁ、気持ちいいったらありゃしない。おもわずページに向かって「ざまあみろってんだっ!」と悪態をついてしまった。

 そう、読んでいるうちに自分も芝居町の住人になった気がしてくる、この巻き込まれ感の心地よさが最大の魅力に違いねぇ。みなさん、どうかお近くの本屋で『かぶきもん』を手に取っておくんなせぇ。とざいとぉーざいぃー。
 まず今日はこれぎりで。

♦本の紹介
時は文化文政。江戸の芝居は華盛り。
今をときめく色男・菊五郎に芝居の現人神・團十郎が揃い咲けば、たちまちそこはこの世の極楽。
天才狂言作者・鶴屋南北の筆は次々傑作を生みだすも、金が敵の世の中で、ケチな金主とあの手この手の化かし合い!
すかっと笑える歌舞伎ものがたり、始まり、はじまり~。

♦プロフィール
久田かおり(ひさだ・かおり)
精文館書店中島新町店勤務。「本屋が選ぶ時代小説大賞」選考委員、「WEB本の雑誌」や文芸書評、文庫解説などで活躍。著書に『迷う門には福来る』。

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