【前後篇同時公開!】荒木あかね の ”アリバイ崩し”ミステリー ……「壊すのは簡単」〈後篇〉
壊すのは簡単
〈後篇〉
犯行当日の朝八時、西村は近所にある運送会社の営業所へと足を運んでいた。営業所止めで西村宛の荷物が届いていたので、八時にセンターが開くのと同時に受け取りに行ったのだ。
荷物を渡した担当者は西村の顔を覚えていて、西村本人が荷物を受け取ったことも確認している。西村の方から積極的に話しかけていたので印象に残っていたそうだ。
「でも、朝八時に生きている姿が目撃されただけじゃ犯行時刻は狭まらないだろ」
「肝心なのは、西村が受け取った荷物の中身だよ。営業所に配達されたのは西村自身がネットで注文した商品だったんだけど、それが彼を殺した凶器となったんだ」
「は?」
「凶器はガラス製の瓶。おそらく犯人は事件当日、西村の部屋に上がり込み、口論の末手近にあった瓶を振り上げて西村の頭部を殴ってしまった。その瓶というのは、西村の部屋に飾ってあったボトルシップだったんだよ」
宮島はスマートフォンの画面に一枚の画像を表示させ、梅崎の目の前に突き出した。それは西村の側頭部を殴打した凶器——血塗れのボトルシップの写真だった。角型のガラス瓶の底からキャップまでの長さはおよそ二十五センチで、幅は六センチ、高さは十センチほど。割れたり、罅が入っているような様子はない。
ガラス瓶の内部には小さな船が見えた。瓶の口はしっかりとコルク栓で閉められているため、瓶の外側は被害者の血液によって赤黒く汚れているのに、内側の船の帆は真っ白なままだった。
あまりにも生々しい写真だった。思わず目を背けると、宮島は「あ、ごめん」と小さく謝る。
「ごめん。梅崎くんこういうの駄目だったよね」
頭部の傷の形状からも、凶器はこのボトルシップで間違いないらしい。瓶の口のあたりには、指紋と血を拭ったような跡があったため、犯人は衝動的に犯行に及んだ後、指紋を拭き取ったものと見られている。
「西村が営業所で受け取ったのはただのボトルシップじゃなく、ボトルシップの作成キットだったの。完成された状態のボトルシップが凶器として使用されていることから、西村がボトルシップの製作を終えた後に殺されているはずだと予想された」
事件の起きた朝、西村自身が作り上げたボトルシップが彼を殺す凶器になったのだと捜査本部は見ている。それを裏付けるように、犯行現場には開封されたキットのパッケージも残されていた。
「しかも西村は、二十八日の午前八時十五分、インスタのストーリーズに、注文していたボトルシップのキットが届いた旨を投稿してた」
「ストーリーズ?」
「インスタやってない? 二十四時間だけ表示される短い動画の投稿だよ」
「またSNSか……」
西村はキットのパッケージを写した画像に「今から組み立てる」という文章を付けてインスタグラムに投稿していたのだという。
その作成キットは中級者向けのもので、海外製模型キットの輸入販売通販サイトから購入できる、イタリアのメーカーのものだった。高価な品ではない。通販サイトに問い合わせてみたところ、ボトルシップを作成するためにかかる時間は約四、五時間と想定されていた。製造元にも確認中だが、概ねその程度の時間はかかると見ていい。
瓶の中におさめられているのは、ハンナ号というシンプルな縦帆型の船をモデルにした模型だった。使われている部品は少ない。四、五時間という製作参考時間は、ボトルシップの作成キットの中では比較的簡単な部類に入るようだ。
製作に四時間かかったとして、西村がキットを受け取った直後の八時頃に製作を開始しても完成するのは正午頃。そういうわけで西村は正午頃まで生きていたものと見なされ、犯行時刻は正午から午後一時に狭められた。
「本当に四時間もかかるのか?」
「かかるよ。何なら四時間以上作業しても完成させるのは難しい」
捜査本部は、当然ボトルシップの製作時間の検証も行っていた。宮島を含む複数の捜査員が大真面目に、そして急いで作業しても、やはり四時間以内にキットを作り上げることはできなかった。
宮島は新しいイタズラを思いついた子供のような顔で、「あ、そうだ」と呟く。
「梅崎くんも試しに作ってみる?」
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!