note代表・加藤貞顕さん大絶賛! 『ナースの卯月に視えるもの』書評が到着!
最初に本作を読んだのは、note主催の投稿コンテスト「創作大賞」の審査の過程だった。「すごい作品が投稿されているんです」というスタッフの声を聞き、読んでみたところ、ナースの仕事の現場が眼の前に見えるような筆致と、感動的な内容に驚かされた。その後、「別冊文藝春秋賞」の受賞が決まり、大幅な加筆を経てできたのが、この『ナースの卯月に視えるもの』だ。
本作の舞台は、大きな総合病院のなかにある長期療養型病棟だ。患者の4割は病院で最期の時を迎える、そんな場所だ。主人公の卯月は、そこに勤めるナースで、ある特殊能力を持っている。それは、死期が近い患者が、現世に対して「思い残し」をしていることが目に見えるという能力だ。
たとえば、50代の職人の男性が意識のない状態でベッドに横たわっているだけなのに、主人公には、その横に小さな女の子が静かに佇んでいるのが見える。実際は女の子はそこにはいないのだけれど、その子はその男性の「思い残し」なのだ。さまざまな患者の思い残しを解決するために、卯月が奮闘するのが本書のひとつの軸になっている。患者たちは、もう話すことすらできない場合が多いので、家族に話を聞いたり、ときには患者の勤め先に行って聞き込みをしたりもするため、ミステリー的なおもしろさがある。そして、彼女の働きによって、患者の「思い残し」が消えて、その後、患者は静かに見送られる。
いちばん印象に残ったのは、普段知ることのできない、看護師をはじめとする医療従事者のみなさんの仕事ぶりだ。こんなにもていねいに患者の看護をしているのか、こんな想いで人々のお世話をしているのか、ということにまず感銘を受けた。忙しいときもあるし、自分たちが体調の悪いときもある、プライベートで気がかりなことがあることもある。あたりまえのことだが、みんなそれぞれ違う思いをかかえた、別々の人間だ。でも、それぞれが看護というテーマに真剣に向き合って、仕事をしている。実際に10年以上の看護師経験がある著者にしか書けない描写が多いと感じた。
女性が働いて、自分たちのキャリアをどうつくっていくのか、ということも本書の大きなテーマだと思う。主人公だけでなく同僚の看護師たちも、激務をこなしながら、じぶんのキャリアをどうつくっていくのか、恋人、結婚、出産はどうするのか、思いを巡らせている。もっと自分にあった仕事をみつけたくて退職する同僚も出てくるし、別の科に異動する同僚もいる。業務の間の休憩時間や、飲み会などでの日常会話を通じて、登場人物たちのひととなりやそれぞれの想いが伝わってくる。
そしてもうひとつの見どころは、患者の家族が病気を受け入れて克服していく過程だろう。家族の病気というのは受け入れがたいもので、理不尽なことを言ったり、横暴な振る舞いをする人もいる。主人公や病院のスタッフは、なぜそんなことをしてしまうのかを考え、理解して冷静に対処していく。たとえば、母親に大きな障害が残ってしまうことが受け入れられない娘という人物が出てくるのだが、彼女がそれを受け入れていく過程は、自分もふくめて多くのひとにも起こり得る状況だなと思った。また最終話「病めるときも健やかなるときも」には、45歳の末期がんの女性患者が出てくる。彼女とそのパートナーの物語は、涙なしで読むことができなかった。
さまざまなひとの「死」と、その周辺の物語を通じて見えて来るのは、やはり「どう生きるのか・どう生きるべきか」という問いになるだろう。ともすると重くなりがちなこうしたテーマを、軽やかに読める筆致で綴った本書は、中堅ナースの仕事を通じた成長物語でもあるし、魅力的な医療ドラマでもあるし、そして生と死を考えさせられる、人生の参考書的な読み方もできる本といっていいだろう。
今回、秋谷先生というすばらしい作家がうまれたことを、プラットフォームの運営者としてたいへんうれしく思っている。情景がありありと目にうかぶのが、本書の素晴らしさだ。ぜひ、映像化された本作品も見てみたい。
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