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藤田真央×恩田陸「ピアノで、言葉で、世界を奏でる」スペシャル対談〈前篇〉

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 国際コンクールに挑むピアニストたちを瑞々しく描き、直木賞と本屋大賞をダブル受賞した恩田陸おんだりくさんの青春小説『蜜蜂みつばち遠雷えんらい』。2019年に公開された同作の映画は、日本を代表するピアニストたちが演奏を手掛けたことでも話題となりました。
 天才少年・風間塵かざまじん役のピアノを担当したのは、当時20歳だった藤田真央ふじたまおさん。同年にはチャイコフスキー国際コンクールで第2位に輝いた藤田さんは、その後ミラノ・スカラ座やニューヨーク・カーネギーホールでもデビューを果たし、まさに名実ともに世界のトップ・ピアニストに。
 藤田さんと、ご自身もディープなクラシック音楽ファンの恩田さんとの、夢の対談が実現しました。

▼藤田さん連載「指先から旅をする」はこちら



★天衣無縫のモーツァルト

恩田 お久しぶりです。お目にかかるのは『蜜蜂と遠雷』のコンツェルト収録(2018年8月13日)以来ですから、もう4年になりますか。

藤田 そうですね。あの時は初台の東京オペラシティで、バルトークの《ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119》を演奏しました。金子三勇士かねこみゆじさんと河村尚子かわむらひさこさんと私でそれぞれコンツェルトを1曲ずつ、3曲を1日で録りきるというタイトなスケジュールでしたので、もう無我夢中で……せっかく恩田さんにお目にかかれたのに、ご挨拶だけで精いっぱいでした。
 今日はじっくりお話しできる機会がいただけてうれしいです。


恩田陸・著『蜜蜂と遠雷』
CD『映画「蜜蜂と遠雷」〜藤田真央 plays 風間塵』
(2019年9月発売)

恩田 当時はとにかくその若さに圧倒されて。バルトークの緻密ちみつな難曲《第3番》をフレッシュな解釈で見事に弾きこなされていて、新しい才能が出てきたんだなあとワクワクしたのを覚えています。
 あれから藤田さんのコンサートには通わせていただいていますが、日々進化されて、「天才」の名をほしいままに……。

『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』には感激しました。愛とインスピレーションにあふれていて、これは後々「名盤」として語り継がれるのだろうなと、ぞくぞくしましたよ。実際にはものすごく精巧につくり込まれているのに、まるでその場でひらめいたように、自由さを感じる音づくりは、まさに天衣無縫てんいむほうのモーツァルトを体現しているなと思いました。
 完成したCDをご自分で聴かれてみて、いかがでしたか?

藤田 仕上がりには満足していますが、一方で、今ならより深みのある解釈ができるのにという思いもあります。収録してから1年近く経ちますが、最近ようやく、曲全体を客観的に見通すということができるようになってきたんです。

恩田  この1年の間にも⁉ 
 ところで、ひとつ気になっていたことがありまして。『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』で、《ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310》〈第1楽章〉のテーマの2小節目、「ラソーソー」について。この「ラ」を曲の冒頭では装飾音のように弾かれていたのですが、そのあとに同じテーマが出てくるときには、少し長めに伸ばしている。同じリズムで繰り返すものしか聴いたことがなかったのですが、あれはオリジナルアレンジですか?

 藤田さんによるモーツァルト《ピアノ・ソナタ 第8番》
(2019年 ザリャジエ・インターナショナル・フェスティバルにて)


藤田 
あの部分は楽譜の版によって記述が異なるのですが、私が愛用している「ウィーン原典版」ではきちんと楽譜に記されているのですよ。最初にテーマが登場するときには「ラ」が16分音符の前打音となっているので「タタンターン」と軽やかに、次は「ラ」が8分音符でちゃんと音符として書かれているので、「ダーラッターン」としっかりと。この差はきちんと付けた方がよいだろうと、意識して演奏しています。モーツァルトは装飾音とそうでないものを明確に区別して弾いていたでしょうから。

恩田 フォルテ・ピアノを使っていた当時の慣習を踏まえたうえでの解釈なんですね。

藤田 そう! まさにそこを大切にしたかったんです。ありがたいなあ、細部まで聴いてくださって。

恩田  先日のサントリーホールでのラフマニノフのコンツェルト《第2番 ハ短調 Op.18》と《第3番 ニ短調 Op.30》も素晴らしかったです。エネルギッシュなフォルティシモでも、音が割れていないことに驚きました。

藤田 それは野島稔のじまみのる先生の教えによるところが大きいですね。先日たまたま、お若いころの先生へのレビューを見る機会があったんです。東京文化会館のリサイタルでのシューマンの《幻想曲 ハ長調 Op.17》について、当時の新聞で「どれだけ強靭なフォルティシモを鳴らしても、絶対に音が割れない」と評されていました。1968年、先生がヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで入賞される前のことで、いまの私より若い23歳の時のことです。

恩田 まさに師から受け継がれているものがあるのですね。
 NHKの野島先生の追悼特集で放映されたプロコフィエフ《ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 Op.16》、あれには本当にびっくりしました。音の響きが計算し尽くされていて、クリアで。あんなにすごい〈第3楽章〉は、聴いたことがない。

藤田 鳥肌がたちますよね。なんでこんなにすべての音が明確で整っているのだろうかと。野島先生は指の動かし方も美しいんですよ。吸いついていくんです、鍵盤に。

恩田 藤田さん、手を見せていただいてもいいですか? 

藤田 ピアニストにしては小さい方です。けれど意外と、よく開くんですよ。

恩田 あ、ほんとだ。タッチも独特ですよね、鍵盤をなでるみたいに弾いている。手首が柔らかいんでしょうね。こういった弾き方も野島先生のご指導によるものですか?

藤田 野島先生の弾き方は全然違いますね。それでも先生は直すようなことはなさらず、私のやり方を尊重してくださいました。現在ベルリンで教えてくださっているキリル先生には、「鍵盤の掃除ばっかりするな」ってよく注意されていますけれど(笑)。

★ふたりにとっての「師」は?

藤田 恩田さんが一番好きなピアニストはどなたですか?

恩田 うーん……あまりにもたくさんいるから選べない……。
 けれどディヌ・リパッティは特別な存在ですね。小学生の時に習っていたピアノの先生がリパッティのレコードをくれたんです。それ以降、彼の演奏は何度も繰り返し聴いています。

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