二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#012(最終回)
千香はついに百戦錬磨の過激プレイヤーとの直接対決へ。
捕らえられた幼馴染を救うため、
そして大好きなゲーム「ランドクラフト」の世界を守るため――
最強兵器「ラグ・マシン」に乗り込んで、いざ反撃開始!
第七章
もう、後には引けない。
ブロックを伝って何とか操縦席に戻った千香は、窓の向こうに広がる特撮映画のような光景に息をのんだ。
すでに、地表は遥か下にある。
米粒のようなサイズ感でラグ・マシンの足元に群がっているのは、振り落としたゾンビたちだ。行く手に連なる山の向こうには、鳥の群れのような無数の黒い点が浮かんでいる。
「あれが、オリバーの爆撃隊かな」
点は少しずつ大きくなり、やがてそのシルエットがはっきりと見えてきた。ジャンボジェットに似た鈍重そうな形だが、腕を大きく広げて飛びかかろうとするお化けにも見える。顔つきも、いかにも凶悪だ。
祥一たちの話によると、地上では大規模な戦車隊がこちらに向かって驀進しているという。相手は3T最強のクラン、クルセイダーズ。それだけの力があるのだ。隊長のオリバーはエンパイア大戦前からの百戦錬磨のプレイヤーで、自作のチートまで使いこなし、祥一や巧己の個人情報をあっさりと抜き取って脅迫するような人物である。
そんな敵に、戦いを挑んでいるのだ。
ただの中学生に過ぎない千香が。
爆撃機たちは、ラグ・マシンに針路を定めたらしい。機首を真っ直ぐこちらに向けて進んでくる。コクピットのガラスに反射する光は、鷲が瞳をぎらつかせ、千香を狙って舌なめずりしている様を思わせた。
ひた、と背中にシャツがくっついて、千香は思わずひゃあと声を上げた。気づけばじっとりと汗をかいていた。手にも、額にも冷や汗が滲み出ている。
どうしてだろう。怖いのに、一方ではむくむくと闘志が湧いてくる。
千香は唾をごくりと飲み込むと、掌の汗をズボンで拭った。操縦席に並んだボタンやレバーを確かめると、一本のレバーを選んで引いた。
「微調整……少しだけ、右……」
ラグ・マシンが身をよじるようにして方向転換する。一番大きな敵機を真っ正面に見据えたところで、レバーを戻す。そして別のレバーを思いっきり押し込んだ。
「よし、進め!」
ずしん、と重々しい振動とともに、ラグ・マシンは前進し始めた。操縦席にいると、空中を駆けているような感覚になる。
千香は指の震えごとレバーを握りしめながら、自分の心臓の音を聞いていた。
いつもはこんなに頑張れない。勉強だって、運動だって、すぐに諦めてしまう。
なのに今の私、別人みたいに勇敢だ。負ける可能性なんて、頭から抜け落ちちゃってる。
〈警告する〉
突然、チャットが飛んできた。
〈プレイヤー名chika-chanに、クルセイダーズ隊長Oliver999より告ぐ。自分が何をしているのか、わかっているのか? その装置は過去の戦争で作られた破壊兵器だ。使い方を間違えれば、サーバー全体に問題を引き起こし、ワールドが停止しかねない。今すぐ装置を引き渡せ〉
千香はぎょっとした。これはワールドチャットに投稿されている。
ランドクラフトのチャットには、全プレイヤーに公開されるワールドチャット、複数人でやりとりするグループチャット、特定の個人に向けて送るプライベートチャットの三種類がある。つまり今、オリバーは千香だけでなく、3Tにログインしている全てのプレイヤーに向けて喋っているのだ。
〈お前をみんなの敵にしようっていう魂胆だ〉
狼男からプライベートチャットが届いた。通話アプリ越しに舌打ちも聞こえる。
〈あ、まだいたんだ〉
千香が振り返ると、狼男は操縦席の隅で壁に寄りかかり、傍観の構えをみせていた。
〈なんだその言い方は。さっきラグ・マシンを起動してやったのは俺だぞ、忘れたのか〉
〈いや、逃げてもいいのに、いてくれたんだなと〉
〈そりゃ……まあな〉
軽くため息をついて、狼男は続けた。
〈友達のためにお前がどこまで頑張れるのか、見物してやるよ〉
〈うん〉
そう、これは友達のため。巧己と祥一を取り戻すための戦いだ。
だから、自分でも驚くくらいの勇気が湧いてくるのかな。
ラグ・マシンを進ませ続ける千香に、オリバーがまたも警告を送ってきた。
〈繰り返す、今すぐ降伏しろ。他プレイヤーの安全を守るため、警告に従わない場合、クルセイダーズは攻撃もやむなしと考える〉
眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。千香の中に、小さな怒りが灯った。
「先に祥一を拉致したのは、そっちなのに」
レバーを倒したまま、スピードは緩めない。爆撃機の群れを睨みつけると、キーボードを叩いてメッセージを作る。何度か文章を見直してから、こちらもワールドチャットで送りつけた。
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