WEB別冊文藝春秋
イナダシュンスケのステージ、それが「季節のモダンインディアンコース」
見出し画像

イナダシュンスケのステージ、それが「季節のモダンインディアンコース」

WEB別冊文藝春秋

前へ / 最初へ戻る / 次へ 

第4回 料理はライブだ!

 食に関する雑多な仕事をしています。
 こうやって食にまつわる文章を書いたり、本や雑誌でレシピを発表したり、飲食店を企画したり運営したり、スーパーなどにも並ぶ商品を監修したり。
 あまりに雑多すぎるので、各種プロフィールを作成していただく時は毎回のように、
「職業は何て書けばいいですか?」
 と、聞かれます。しかしそんな時は必ず、
「『料理人』って書いてください」
 と、即答します。

 無節操にいろいろな仕事をお引き受けしているのは確かですが、やはりその中心にあるのは、お店の厨房に立ち、そこで料理を作って、目の前のお客さんに提供する、ということなんです。かつては年中ほぼ毎日お店に立っていましたが、今はそういうわけにもいきません。お店を任せて他のことも次々とやれるようになったのは、嬉しくもあり寂しくもありといったところです。
 しかしそんな中で2ヶ月に一度、集中的に毎日お店に立って料理人の仕事に没頭できる機会があります。それが、東京・渋谷の「エリックサウスマサラダイナー」という店の「季節のモダンインディアンコース」です。1年に6回変わるコースの内容をその度に考えて、必要な試作も行いつつそれを提供するのが、料理人としての僕のメインの仕事です。もはやライフワークと言っていいのかもしれません。

 モダンインディアンというのは今や世界的な料理ジャンルで、それが意味するのは文字通り「新しいインド料理」です。何が新しいのかは作り手によって様々な解釈があるのですが、僕のスタイルはインド料理にフレンチやイタリアン、時には南米料理や日本料理の食材や技法を組み合わせる、というものです。
 簡単にいうと「創作料理」ということになるのかもしれませんが、実は僕自身としては「創作料理にはならないように」常に留意しています。この辺りの話はとてもややこしいので、機会があればまたいずれ。

 何にせよ2ヶ月ごと、偶数月の月末に僕はお店で試作や仕込みを開始します。メニューはこの時点でほぼ決まってはいるのですが、あくまでそれは机上の企画書みたいなものなので、この期間に実際に手を動かすことで内容は大きく変わったりもします。曖昧だった細部も詰めていきます。神はディテールに宿ります。

2022年5月から始まった「初夏のモダンインディアンコース」。
上はアミューズ「ビーフハリーム」、
下は前菜「初夏野菜のレモンバターマサラとブリー・ド・モー」

 月末最終日の夜までには、仕込みもすっかり終え、同時にコースのお品書きも完成させます。このお品書きは、毎回A4サイズの紙4枚ほどが文字でびっしり埋まる長大な解説文です。字数にして約5000字。料理内容が完全に確定するのがその日の夕方くらいですから、発注から締切まで数時間しか無いという、ものすごくタイトな書き物仕事。ですがこれはいつもあっという間に書き終えることができます。なぜなら試作や仕込みを通じて細部までその料理が確定するまでの間、手は包丁や鍋を握りつつも、頭の中ではその料理のことだけをひたすら考えているから。後はその考え事を一気に文章化するだけです。

 全ての準備を終えてその日の夜ベッドに入っても、なかなか寝付けないのが常のことです。明日が楽しみすぎて眠れない、という遠足前日の小学生みたいな状態ではあるのですが、同時に不安もあります。あの料理はあれで良かったのか。実際にお客さんに提供する段になって、仕上げは想定通りにうまくいくのか。そして何より全てがうまくいったとしてそれはお客さんが本当に満足するものなのか。
 あくまで本場のインド料理をベースとしつつ誰も食べたことが無い料理、という性格上、そこには多かれ少なかれ前衛的かつ好き嫌いがはっきり分かれる要素が含まれます。というか、そうでないとあまり意味がありません。
 普段は「万人にウケる作品が本当に良いものだった試しがあるかい?」くらいのカッコイイことも平気で言ってますが、自分が当事者となればそんなことも言ってられないのです。みんなに好かれたい。誰もガッカリさせたくない。心は千々に乱れ、ますます寝付けなくなります。

 この感じ、アレに似ているといつも思います。
 僕は20年ばかり前まで本業と並行してミュージシャンのようなことをずっとやっていました。その時のライブ前日が全くそんな感じだったのです。楽しみだけどとにかく不安。準備は万全なつもりだけどうまく行くとは限らない。
 そして当時、僕はミュージシャンとして致命的な欠陥を抱えていました。それは「演奏能力が極めて低い」という身も蓋も無いもの。楽曲制作にはそれなりの自信がありました。あれはいくらでも誤魔化しが利きます。しかしライブではその化けの皮は簡単に剝がれます。
 実際、ある時ライブに訪れた大手メジャーレーベルのスカウト氏には、終演後開口一番、
「CDはまあまあだったけどライブはほんっとうにクッソつまらないね」
とだけ言われ、その後何の音沙汰もありませんでした。そんなトラウマも蘇ります。

この続きをみるには

この続き: 1,561文字 / 画像1枚
この記事が含まれているマガジンを購読する

《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ! 月額800円で、人気作家の作品&インタビューや対談、エッセイが読み放題。作家の素…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
WEB別冊文藝春秋

「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!

WEB別冊文藝春秋
《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ! 月額800円で、人気作家の作品&インタビューや対談、エッセイが読み放題。作家の素顔や創作秘話に触れられるオンラインイベントも毎月開催するほか、お題企画や投稿イベントなど参加型企画も盛りだくさんでお届けしていきます。