漫画家が〝美味しい〟ミステリーで小説家デビュー!|土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』インタビュー
読んでいるうちに、ぷーんと香ばしいパンの香りが漂ってくる……そんな〝美味しい〟ミステリーが誕生した。
『謎の香りはパン屋から』は、第23回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作。著者の土屋うさぎさんは、26歳の漫画アシスタント兼漫画家だ。ギャグ漫画や百合漫画を主戦場にしているが、あるきっかけで小説を書き始めたという。
「ここ数年、漫画家のおぎぬまX先生のアシスタントをしているのですが、先生が2年前に『このミス』大賞に応募していたんです。漫画家でも小説書いていいのか! とハッとして、1年間かけて書き上げました」
本作は、パン屋を舞台にした〈日常の謎〉ミステリー。「焦げたクロワッサン」「夢見るフランスパン」「恋するシナモンロール」「さよならチョココロネ」「思い出のカレーパン」と章タイトルを並べただけでも、思わずお腹がなってしまいそうな、朗らかであたたかい作品だ。
主人公は、大学1年生の市倉小春。漫画家を目指しつつ、大阪にあるパン屋でバイトをしている。ここで起こる様々なちょっとした事件を、ときにユーモラスなタッチで描いていく。漫画でも「身近なこと」を描くことが多いというが、本作はまさに約4年間のパン屋でのバイト経験を土台にしたそうだ。
「いち読者としては、本格ミステリーや特殊設定ものも好きなのですが、そのジャンルで戦える自信がなかったんです。カフェを舞台にしたミステリーや、お菓子と絡めたミステリーはありますが、パンって意外とないなと思い、これでいこう! と決めました」
パンをめぐる謎はもちろん、パンにまつわるちょっとした知識を得られるのも、この作品の魅力だ。たとえば、「クロワッサンの起源は古く、17世紀、トルコ軍による侵入をオーストリアが防いだことを記念して、作られたといわれている」。パンの背景にあるストーリーと小説が絶妙にリンクし、どの話も深く記憶に残るのだ。
漫画を描いてきたからこそ感じる、小説ならではの面白さもあった。
「漫画の新人賞は、基本的に短めの読切作品で応募しなければならないので、自分の頭の中に長大なストーリーがあったとしても、その一部しか描くことができなかったんです。でも、『このミス』大賞のような長篇小説の新人賞は、最後まで書き切ることができるし、編集者さんに読んでもらえる。自分ではじめた物語を、応募の時点で着地させられるのはとても嬉しかったですね。また、小説だと『絵がないので伝わらないかもしれない』と悩むこともありましたが、言葉のみで構成されているからこそ、漫画とは違う挑戦をできると思いました」
ギャルのレナ先輩や人懐こい女性社員の福尾さんといった、パン屋で働く小春の同僚たちも印象的だ。
「漫画の担当さんから『キャラを強く』と常に言われているので、自然と意識していました。あとはテンポの良さ、文章の読み易さも心がけました。私は小学生の頃から有川ひろさんや辻村深月さんの小説が大好きで、決して難しい言葉を使っているわけではないのに、深く心に刺さるような小説に憧れがあります」
はじめて書いた小説で、歴史ある新人賞を見事に受賞した土屋さん。書き方を誰かに教わることもなく、色々な小説を読みながら勉強したという。
「バイト時代を思い出しながら、色々なエピソードを膨らましていく過程はとても面白かったです。当たり前ですが、書けば書くほどどんどん小説の世界が広がっていくことも楽しかった。まだまだパンをめぐる謎も書いていきたいですし、学生時代に所属していたダンスサークルを舞台にした青春ものも書きたい。もちろん漫画家としても頑張っていきたいですね」
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