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ピアニスト・藤田真央エッセイ #49〈演奏中に喧嘩が始まり――中国ツアー・後篇〉

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 9月27日、3公演目は上海シヤンハイで行われた。この日は、ツアー中で唯一YAMAHAのピアノを使用した。以前、日本でお世話になっていたヤマハの調律師さんが上海に赴任していたのだ。彼女は素晴らしい才能とほとばしる情熱を持つ方で、上海公演では是非ヤマハのピアノを使ってくれないかと熱心に打診してくれた。

 嬉しいことに、このように日本人調律師の方に海外で出会う機会が度々ある。特にヤマハの元担当には優秀な方が多く、彼らは次々と海外へと転勤になり、赴任先で再び担当してくださる。これまでにニューヨークやモスクワ、ロンドンで再会を果たすことができた。
 ありがたいことに、今回も調律師の方が公演間際まで熱心に調整を行って、私が音に集中できる環境を作ってくれた。私は前日のようなミスがないよう、楽屋での食事は軽めのシーザーサラダをオーダーし、入念に準備を行った。

 ステージに立つと、まずまずのお客さんの入りだった。勇ましく1曲目の《ポロネーズ 第1番》を弾き始め、ヤマハならではのタッチや音の響かせ方を作品とうまく融合させた。《第2番》《第3番》も順調に進み、集中が深まり運指能力も仕上がってきた《第4番》の美しい中間部で、事件が起きた。なんと私の目線の先でお客さん同士が大喧嘩を始めたではないか。言葉は理解できないが、何やら怒号が飛び交っている。今宵のホール、上海東方芸術センターはサントリーホールやミューザ川崎のようにステージを客席が取り囲むワインヤード型となっていて、どの席からも喧嘩がよく見える。私は指を止めることこそなかったが、誰も演奏を聴いていないのは明らかだった。私自身も喧嘩の模様を眺めてさえいた。曲が終結部に差し掛かった頃に喧嘩は収まり、ようやく人々の視線が私に戻ってきた。喧嘩していた二人は離れ離れに座ったが、その後も目で牽制けんせいし合っている。私も集中できなくなってしまい、ただ指が動く機械的な演奏をしてしまった。音楽とはなんともろいものなんだろうか。感情が音に如実に表れてしまい、作曲家が長年かけて創り上げた素晴らしい作品を台無しにしてしまった。ピアニストとしてやってはいけないことを二夜連続でしてしまい、自分自身に失望した。


 9月28日、この日は久々の休日だった。翌日の公演が行われる長沙チヤンシヤーへのんびり移動し、ホテルに隣接しているショッピングモールへ一人で出かけた。そう、いつも通訳してくれるワンさんには黙って出かけているため、ちょっとしたアドベンチャーだ。ショッピングモールには我らがユニクロも出店しており、下着を購入したかったのだ。しかしその道のりは容易たやすくはなかった。店員さんは当然中国語で話しかけてくるため、「中国語がわからないのです」というワンクッションが会話の冒頭に入る。さらにここ中国ではネットワークの制限があり、Googleなどの翻訳サイトも使えない。だが店員さんが一生懸命片言かたことの英語を喋ってくれたり、彼女の携帯の翻訳アプリを介したりすることで、どうにかお目当ての下着を無事購入することができた。
 会計後もその店員さんは何やら翻訳アプリに打ち込んでいる。画面に映し出された日本語を読んでみると、「あなたはとてもハンサムです。中国には貴方あなたのような素敵な笑顔の男性はいません」と書かれていた。「えへへへへ」と漫才師オードリーのように笑い合った。

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