イナダシュンスケ|サクラダ君のアメリカンドッグ
第29回
サクラダ君のアメリカンドッグ
今となっては分かります。小学生時代の親友サクラダ君は「早熟」でした。
小学四年生に進級して、毎日一緒に帰る僕たち5人組は、クラスがバラバラになりました。かろうじて僕とサクラダ君は引き続き同じクラスでした。しかし僕たち2人はその頃から微妙に別々の道を歩み始めたのです。
その小学校では、四年になると希望すれば部活動に参加できました。サクラダ君は真っ先にサッカー部に入りました。僕はなんとなくバドミントン部に入るつもりだったのですが、ある日唐突に、親に塾通いを命じられました。まあ心底バドミントンがやりたかったわけでもなく、そして訳もわからないまま通い始めた塾は、頑張れば頑張っただけスコアが伸びるゲームみたいで、僕にとってはなかなか楽しい場でした。
幸い、サクラダ君のサッカー部は木曜日が休みで、その日は僕も塾には行かない日でした。なので僕たちは一週間に一度だけ、相変わらず木曜恒例の買い食いを続けました。すなわち肉屋に寄り道して30円の肉無しコロッケ2個と、ミートボールとは名ばかりの8円のイワシすり身揚げ5個の100円セットを頬張りながらの帰宅です。
それは一見、5人だったメンバーが2人に減っただけだったとも言えたのかもしれませんが、その実、内情は確実に変化しつつありました。
サッカーに夢中のサクラダ君の足元には、常にサッカーボールがありました。彼はそれをドリブルしたりリフティングしたりしながら黙々と道を進み、無言でコロッケにかぶりつくばかりでした。しょうがないので僕は、その少し後ろを、毎週図書館で借りていた本を読みながらついていくしかありませんでした。
そんなある日、近所の人から親に電話がありました。
「お宅の息子さんのことなんですけど、近所で『昭和の二宮金次郎』って呼ばれてるのご存じですか? いつも本を読みながら歩いてるんです。一緒にいるお友達はサッカーボールを蹴りながら歩いてるし、2人がいつか事故に遭うんじゃないかと気が気じゃありません」
その日、親にこっ酷く叱られた僕は、とりあえず二宮金次郎は諦めるしかありませんでした。しかしサクラダ君は相変わらずサッカーボールを足元から離しませんでした。彼のサッカー技術は、傍目から見てもぐんぐん上達していきました。
ある日サクラダ君は久しぶりに自分から僕に話しかけてきました。サッカーを頑張ってたらどんどん太ももが太くなって、最近は股擦れが痛くてしょうがないんだ、そう言って彼は真っ赤に腫れた内腿を見せてくれました。痛い痛いと言いながらどこか嬉しそうでした。
しかしその後、彼は少し真剣な顔で、もうひとつ別の話を始めました。
「俺さあ、もうすぐ苗字が変わるんだよね」
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