鬼才・小田雅久仁が産み落とした7つの悪夢|『禍』インタビュー
2009年に『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビューを果たした小田雅久仁さんは、21年、実に9年ぶりとなる新刊『残月記』を刊行。同作は、第43回吉川英治文学新人賞と第43回日本SF大賞を射止めたのみならず、2022年本屋大賞で第7位となり、大きな話題を呼んだ。
それから二年弱。最新作『禍』は、緊張感のある文体で読者を〝心地よい不快感〟に誘い込む怪奇小説だ。11年に発表された「耳もぐり」のほか、『小説新潮』に掲載された短篇7作が収録されている。
「常々自分の筆には、幽霊や妖怪が出てくるようなわかりやすい怖さではなく、怪しく奇妙な世界のほうが合っていると思っていて。だから今作も、ホラーではなく、読者のイマジネーションを刺激するダークファンタジーとして味わってもらえたらと思っています」
『禍』には、拷問や流血などの痛々しいシーンは登場しない。それも、直接的な描写に頼ることなく、五感に訴えかける生理的な嫌悪感を表現したかったからだという。7作すべてに共通しているのは、それぞれ口、耳、目、肉、鼻、髪、肌といった身体の一部位をモチーフにしていることだ。
「人間のからだって、自分の一部でありながら、すごく不気味だと思いませんか? からだは生きて動くものでありながら、あまりに脆く、常に死の危険と隣り合わせの存在でもある。こうした身体観には、『火の鳥』をはじめとした手塚治虫さんの作品からの影響もあります」
もっとも難産だったのは「目」をモチーフにした「喪色記」だったという。視覚はホラーのテーマとして選ばれやすいこともあり、どうしても既視感が拭えず苦労したと小田さんは苦笑する。
「『目』は一見書きやすそうなモチーフですが、収録作のなかで最後に書いた一篇ということもあって自分が踏み荒らしていない領域を探るのが難しく、なかなかうまくいきませんでした。何度も書き直しながら、なんとか自分ならではの恐怖表現を追求しました」
生粋の映画好きということもあり、小説を書くときにはビジュアルイメージを大切にしているという小田さん。実際、「農場」や「裸婦と裸夫」といった短篇では、ゾンビ映画のようなパニックシーンが印象的だ。
「書き始める前に、こういうシーンがあったら面白そうだなという〈画〉を思い浮かべるようにしています。6篇目の『髪禍』では、建物の中に人がたくさん詰め込まれているシチュエーションをまず思い描き、その光景が頭の中でリアルに活写できたときに『よし、これで書ける』と走り出せました。どうも自分は、ビジュアルとして迫力があるもの、そして小さなものより大きなもの、さらには、ひとつだけのものより〝たくさんのもの〟に惹かれるようです」
バリエーションに富んだ恐怖を味わわせてくれる7篇だが、それぞれの作品にはいずれも主人公が「満たされていない」という共通点がある。
「僕自身、自分の人生はずっと低空飛行だな……という〝頭打ち感〟のようなものを抱いていて。束の間いいときがあったとしても、それも長くは続かないだろうという諦念に繫がってしまう。だから、ハッピーエンドの物語を信じることができないし、どうしても、満たされた人ではなく、何か欠落を持つ人に吸い寄せられてしまうんですね。だからこそ、人間が何かに屈服する瞬間を書き続けているのかもしれません。とことんネガティブなんですよね(笑)。それでも、こうしたままならない人生と付き合うことこそが僕にとっての真実でもあるので、この先もそうした感覚を小説に刻んでいけたらと思います」
構成:相澤洋美
写真:©新潮社
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