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「丑の刻参り」|はやせやすひろ×クダマツヒロシ
怪奇ユニット「都市ボーイズ」として活動し、呪物コレクターとしても知られる、はやせやすひろさん。彼のもとには様々な体験談が寄せられる。
今回は、はやせさん自身の取材にもとづく実体験をお届け。
呪いの言葉を吐きながらカーンカーンと釘を打ち付ける女性の正体は……
※本作品は、はやせやすひろさんの実体験をもとに、クダマツヒロシさんが執筆しました。相談者の氏名は仮名とし、一部脚色してストーリーを設定しています。作中、呪物の写真が出てきます。ご注意ください。
「すいませーん」
隣接する社務所に何度か声をかけていると、パタパタと足音が聞こえ、入り口から男性が顔を出した。
「はいはいはい。ごめんなさいね」
「あの、すみません。もしよければ、中を見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、中ね! 今開けます……よっと……どうぞどうぞ」
そう言って男性は建付けの悪いガラス戸をがたがたと揺らし、中へ招き入れてくれた。聞けばこの方が神主であるらしい。
決して広くはない畳敷きの部屋の正面には、賽銭箱と祭壇が安置されている。右手側にあるガラス戸の向こうは廊下が伸びていて、社務所のある隣の建物へと続いているようだった。
「どこから来たの?」
しげしげと祭壇を観察していた僕に神主が声をかける。
「東京からです」
「へぇ、また遠いとこから」
「はい。どうしても実際に来てみたくて」
「ははは。えらいモノ好きやねぇ」
「実は、ここで今も『丑の刻参り』が行われているって聞きまして……。それでお話を伺えないかと」
僕が遠路はるばるここまで足を運んだ理由だ。
「ははぁ、『丑の刻参り』ね。うん、来よるよ。なに? おたくはテレビの人か何か?」
「いえ、YouTuberです。オカルト系の」
「あぁユーチューバーね。最近は多いね。そういう人らも。昔はねぇ、テレビやら雑誌やら、ようけ取材に来てたけど。最近はそういう、君みたいな若いネットの人たちが来るようになったわ」
『オカルト系youtuber』と聞いても、嫌な顔一つせず答えてくれる神主にこちらも自然と緊張が和らぐ。
一時間ほど前。東京から八時間車を走らせて神社までたどり着いた僕は、人気のない境内を進み、本殿の前に立っていた。外観からしてかなり年季が入っているらしく、階段は板張りで、ところどころ塗装の剥げが目立つ。ガラス戸は閉め切られ、階段を上がった先の入り口には頭を下げなければ入れないほど、巨大なしめ縄が掛けられている。すりガラスの向こうは電気が付いているらしく、顔を近づけてみると、奥には祭壇らしきものの形だけがぼんやりと透けて見えていた。
ここは、岡山県新見市にある『育霊神社』。奥の院へ行くには、社務所の裏から続く険しい山道をさらに登らなければならない。
岡山県は、僕の地元だ。僕は、2015年からオカルトユニット『都市ボーイズ』として、YouTubeを中心にオカルト全般の話題や、視聴者から寄せられた怪異体験談などをチャンネルで日々紹介している。また『呪物』と呼ばれる物たちを蒐集していることもあって、その物珍しさからか、『呪物コレクター』としてメディアで取り上げて貰える機会も増えた。
今日ここを訪れたのは、岡山で出演するトークイベントの取材のためだ。丑の刻参りに関する話を披露する予定なのだが、そのためには現地に足を運んで、自分の目で確かめる必要がある。
「先ほどおっしゃった、〝来る〟というのは、丑の刻参りを実際に行うために、人が来るということですか?」
「そうそう。『また来よった』って分かる」
「それは釘を打ち込む音とかで、ですか?」
奥の院がここからどのくらい離れているのかは分からないが、釘を打ち付けるような甲高い音ならここまで届いても不思議ではない。
「違う違う。そういうのならまだええんよ。もっとかなわんもんや」
かなわんもん――。神主から続いた言葉は、予想外のものだった。
「『声』や」
「声? えっと……確か、丑の刻参りっていうのは『声を出してはいけない』という決まりじゃなかったですか?」
その問いに神主が苦々しい顔を浮かべる。
「そういう話もあるけども。でも、深夜に女一人で険しい山を登るような恨みの深い人間よ。ほとんど無意識やろうね。ブツブツと声が漏れるんやな。それがまた『許さん』やら『死ね』やら……酷い恨み言を言いながら、深夜に裏山を上がっていくのよ。たまに大声で叫んどるやつもおったりしよる。それがほとんど獣の雄叫びみたいなもんでな。『絶対に殺す! 絶対に殺す! 絶対に殺す!』って。実際に聞いてみぃ。心底ゾッとするで」
余程恐ろしい声なのか。神主は思い出したように小さく身を震わせた。
聞けば、丑の刻参りに訪れる人間の九割は女性であるという。深夜、呪いの言葉を吐きながら獣道を登る女性の姿は、想像するだけで恐怖だ。
「でも、どうして女性ばかりだと分かるんです?」
「それも声よ。『殺す!』やら『死ね!』やら……。叫び声が山に響いて、よう聞こえるんやわ。それも県外から来よる。車のナンバープレートで分かるんや。この辺に停めよるから。ワタシらの仕事はね、月に数回、そういう人間が、夜な夜なご神木に打ち込んだ釘を回収して、ここで全部お祓いすることなんやわ」
「それはなかなか大変ですね……」
「まぁ、そういう呪いやらの目的以外にも、きちんとした参拝者もおるもんで、そんな人らが見つけて教えてくれることもあるから。見つけた人が青い顔で下りてきて、『ご神木に釘が刺してあったけど、気味が悪いからなんとかしてくれ』って、教えてくれるんよ。そうして山登って、回収に行くわけや」
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