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二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#007

WEB別冊文藝春秋

行方不明になった幼馴染を捜すため、
オンラインゲーム「ランドクラフト」にログインした千香。
そこは犯罪の温床たるアナーキーワールドだった。
千香のうしろには、あとをついてくる怪しげな影が…

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第四章

 送り狼には気をつけろ。
 どこかで聞いたことのある言葉だ。送り狼とやらが何なのか、にはわからなかったが、今の状況はそんなフレーズを思い出させた。背後を振り返り、千香はため息をつく。
「まだついてくる」
 岩の陰から、狼男の姿をしたキャラクター「Lobo」がこちらを覗いている。この雪の降る大陸に足を踏み入れて以来、しつこくつきまとわれている。
 岩だらけの山を、千香は歩き続ける。もちろん道などないので、岩と岩との間を縫うようにして慎重に進む。這い上がれそうな岩肌を探し、狭い隙間に体をねじ入れ、時には岩を少し削って足がかりにする。
 おもむろに振り返ると、やはり十ブロックほどの距離を保って、狼男の姿が見える。
 攻撃してくるわけではないが、振り切ることもできない。かれこれ一時間近くこんなことの繰り返しだった。
 油断しちゃだめ。ここは3Tスリーテイーだ。相手が何を考えているのか、わかったものじゃない。目を離した途端に、後ろから切りかかられるかもしれない……。
 己に言い聞かせるのにも、正直疲れてきた。
 何度目かに振り返った時、ぼうっと立っている狼男にチャットを送ってみる。
〈いつまでついてくるつもり?〉
 これまでにも何度か会話を試みてはいた。そして今回もまた、反応はなかった。
 千香はやれやれ、と進み始める。
 それにしても、相当暇なプレイヤーだ。
 戦いを仕掛ける方がずっと楽なはずである。延々と尾行して何になるのだろう。
 こちらが疲れ果てるのを待っている、というわけではないだろう。休みたくなったらゲームからログアウトすれば、キャラクターもその場から消えてしまうのだから。現実世界のように寝込みを襲う、といったことはできない。
 あるとすれば、ログアウトしている間に元いた場所の周りを壁で取り囲むという嫌がらせか。そうすると、再度ログインした時、閉じ込められてしまう。ただ、それにしては非効率すぎる気がする。
 また振り返ると、狼男は少し離れたところでぼうっと立っていた。どこかよそを向いている。見つめていると、やがてこちらに向き直り、また近づいてくる。
 待てよ。
 千香はマウスをいじりながら考えた。
 キャラクターの視線は、マウスの動きで決まる。さっき狼男はそっぽを向いたままだった。ということは、プレイヤーはマウスから束の間手を離していたのでは……。
 狼男はこっちをじっと見つめている。千香はそのまま待つ。三分ほど過ぎたところで、千香はそろりそろりと動き出した。
 やっぱりそうだ。狼男の視線はすぐには変わらない。しばらくしてからこちらを向き、慌てたように後を追ってくる。
 のんびりとお菓子をつまみながらマウスを動かす人の姿が思い浮かんだ。あるいは、テレビでも見ながら片手間で操作しているのか。眠くて目を擦りつつ、画面を眺めているのかもしれない。いずれにせよ、それは冷酷で腹黒いアナーキーなプレイヤーのイメージとはかけ離れていた。
 もしかして、ただ遊んでるだけなの?
〈ついてきても何も出ないよ〉
 狼男は首をひねっている。その顔を見ても、以前ほど怖く感じなかった。
〈ま、別に来てもいいけど。崖から足を滑らせないように、気をつけてね〉
 それだけメッセージを打って、千香はまた歩き出す。なんだか、旅の相棒ができたような気すらしてきた。

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