ピアニスト・藤田真央エッセイ #73〈NYのスタンディングオベーション〉
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続くスクリャービン《幻想曲》は強弱の変化をとても細かく設定した。フォルテが長く続き、かつ音楽も広く大きな構造をしているため、飽きがきてしまわないようにだ。フォルテ内での音色もよく考えた。ドラマティックな時があれば、ミステリオーゾで騒めいたり、はたまた苦しく嘆くようなキャラクターを出してみたり。様々なニュアンスのフォルテを示しつつ、稀に現れるピアニッシモで差を強調する。早くも客席は大盛り上がりだったが、気を緩めることなく続く作品へ頭を切り替えた。
リスト《ペトラルカのソネット》では歌曲を常に意識し、旋律のうねり、溜めなどの歌唱の技術をピアノで再現した。この曲を弾く時、私はバイロイト歌劇場での特別な体験を念頭に置いている。ピアニスティックな難しいパッセージにおいても、決して弾き飛ばすことなく歌い切れるスピードを保つ。そしてコーダの天に昇るような美しい箇所においては、最高音を奏でる前のほんのわずかな刹那に大胆にブレスを取った。巨大なカーネギー・ホールにて、完全なる無音をこの日初めて生み出したのだ。その後の最高音をこれ以上ない美音で響かせたのち、静かに曲の幕を閉じた。
《ダンテを読んで》においてもオペラの要素がふんだんに使用されている。オペラと言ってもイタリアオペラのように場面がはっきりと区別されているものではなく、ワーグナーの楽劇のように緩やかに場面転換がなされる見事なものだ。特筆すべきは、ドミナント(属和音)のハーモニーを痛烈に何度も奏で、トニックへ向かうと匂わせながら、別の調へ転調する場面だ。リスト描く絶妙なハーモニー進行を無駄にすることのないよう、丁寧に全ての要素を意識した。技巧的なオクターブの跳躍連鎖も、煌びやかで複雑なパッセージも、冷静さとドラマティックさを両立させながら弾き進め、内容の深い音楽像を創り上げることができた。
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