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透明ランナー|「アレック・ソス Gathered Leaves」展――“アメリカが誇る最も完璧な写真家”の魅力に迫る

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 こんにちは。あなたの代わりに観てくる透明ランナーです。
 マリンスポーツが盛んで御用邸があることでも知られる風光明媚な神奈川県三浦郡葉山町。JR逗子駅から相模湾に沿ってバスで20分ほど走ると見えてくるのが「神奈川県立近代美術館 葉山」です。美術館の裏手は夏には海の家が立ち並ぶ海水浴場となっており、入口に「水着でのご入館はご遠慮ください。砂を落としてからご入館ください」と注意書きがあるほど海が間近に迫っています。そんな気持ちのいいロケーションで6月25日(土)から始まったのが、写真家アレック・ソス(1969-)の個展「アレック・ソス Gathered Leaves」です。

 ソスは「アメリカが誇る最も完璧で魅力的な写真家」[1]、「生ける伝説」[2]と評されるアーティストであり、頻繁に来日して日本と縁が深いにもかかわらず、これまで国内で大規模個展が行われたことはありませんでした。私は昔からソスがとても好きで写真界の神のような存在として尊敬しており、この展覧会をずっと心待ちにしていました。彼の作品には強烈な色彩や独特な構図といった一見してそれと分かる特徴があるわけではありません。それでも人々を惹きつける理由は何なのか、ソスの写真の魅力は一体どこにあるのか。それをこれから一緒に見ていきましょう。


「Sleeping by the Mississippi」

 本展はソスの最初の作品シリーズ「Sleeping by the Mississippi」(撮影1999年~2002年、写真集2004年刊)から、最新のプロジェクト「A Pound of Pictures」(撮影2018年~2021年、写真集2022年刊)まで、5つのシリーズを約80点の写真で紹介しています。

 私が特に好きなのは、無名だったソスを瞬く間にスターダムに押し上げた出世作「Sleeping by the Mississippi」です。ミシシッピ川の上流から下流までをロードムービーのように車で走り、そこで出会った人や風景をカメラにおさめた写真集です。はじめは自費で25部のみ制作されたこの写真集は多くの米国人の心をつかみ、ホイットニー・ビエンナーレに選出されて彼の名を一躍世に知らしめました。

「ピーターのハウスボート、ミネソタ州ウィノナ」〈Sleeping by the Mississippi〉より 2002年 アーカイヴァル・ピグメント・プリント ©Alec Soth, courtesy LOOCK Galerie, Berlin

 ソスの制作手法は独特です。初めに十分な時間をかけてテーマとタイトルを決定します[3]。そして撮影すべきキーワードを書いた付箋を車のハンドルに貼り付け、その言葉と関連しそうな場所に向かって自身の嗅覚を頼りに車を走らせます。ときには思うようなものが撮れないこともあり、ときには予期せぬ出会いに身を委ねることもあります。そうして撮影した写真を基に、また長い時間をかけて順番を並べ替えたりテキストを挿入したりして、物語のある一冊の写真集に仕立て上げます。

 私はぼんやりとした状態のままカメラを持ってさまよえないので、まず初めにコンセプトを設定し、それを元に『キーワード』を書き出して被写体の候補をリスト化します。初期段階でのコンセプトは非常に柔軟で、変化を繰り返します。なぜなら、世界が、自分の想定していた以上に興味深いものを示してくれるからです。そしてその予想外の展開に柔軟に反応することがとても重要となります。

アレック・ソス インタヴュー(「IMA」Vol.30、株式会社アマナ)P.48
「Sleeping by the Mississippi」の撮影地をマッピングした地図とキーワードのメモ。(「IMA」Vol.30)P.55

 すべてが偶然でもなくすべてが意図的でもない、そんな手法によって「Sleeping by the Mississippi」は制作されました。

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