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今村翔吾「海を破る者」

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日本を揺るがした文明の衝突がかつてあった――その時人々は何を目撃したのか? 人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇
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#別冊文藝春秋2020年11月号

今村翔吾「海を破る者」 はじまりのことば

 世界の長い歴史において最も大きな版図を築いた国はどこか。面積ならば第1位は大英帝国で、その国土は3370万㎢に及ぶ。だが当時の世界における人口比率で考えると20%で、大英帝国は首位から陥落する。  では人口比率から考えた第1位はどこの国か。それが本作の一つの核となるモンゴル帝国である。その領土はあまりにも広大で西は東ヨーロッパから、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断している。そして当時の世界人口の25・6%、実に4人に1人がモンゴル帝国の勢力圏で暮らしていたこと

今村翔吾「海を破る者」 #012

 寒明を過ぎ、海を撫でる風にも春の香りが漂い始めていた。六郎は釣り竿を手に久しぶりに海へ出た。今日は繁も誘ってはいない。小舟に一人、波に揺られながら糸を垂らしていた。  ——近いだろうな。  釣れるのがではない。蒙古の襲来、河野家への出陣の命が下るのがということである。  元は併呑した宋の造船技術を取り入れ、夥しいほどの船を作っている。大陸をまたにかける商人がそれを見て、日ノ本に伝えたという。  噂は万里を駆け、水居津の湊に入ってくる船の商人の耳にも届いており、 「戦が始まれ