マガジンのカバー画像

今村翔吾「海を破る者」

27
日本を揺るがした文明の衝突がかつてあった――その時人々は何を目撃したのか? 人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇
運営しているクリエイター

#別冊文藝春秋2021年1月号

今村翔吾「海を破る者」 はじまりのことば

 世界の長い歴史において最も大きな版図を築いた国はどこか。面積ならば第1位は大英帝国で、その国土は3370万㎢に及ぶ。だが当時の世界における人口比率で考えると20%で、大英帝国は首位から陥落する。  では人口比率から考えた第1位はどこの国か。それが本作の一つの核となるモンゴル帝国である。その領土はあまりにも広大で西は東ヨーロッパから、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断している。そして当時の世界人口の25・6%、実に4人に1人がモンゴル帝国の勢力圏で暮らしていたこと

今村翔吾「海を破る者」 #001

日本を揺るがした文明の衝突——その時人々は何を目撃したのか?  人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇 序章 時を追う毎に一人、また一人と、集まって来る。  壁の無い茅舎のような粗末な御堂には、弟子や教えを聞きに来た近郷の僧で溢れ返り、その周囲を数十の民たちが取り囲んでいる。  一遍はすくと立ち上がった。他の僧たちも慌てて立ちあがろうとするのを手で制す。 「まだよ」  弟子の一人が物言いたげな目をしている。 「暑いな」  一遍は手

今村翔吾「海を破る者」 #013

 郎党たちが進み出るのを制して、布江は六郎が負ぶった。そして一歩、また一歩と踏みしめるようにして戻る。襲撃者の男には縄を掛けて連行し、残りの郎党には探索に出た者を集めるよう命じた。令那は泣き止みはしたが茫然自失といったふうで、繁に手を引かれている。令那の痛ましい様子が余程応えるようで、繁の手は小刻みに震えていた。  襲撃のあった地点で合流した通時は、何があったのか一目で察したようだった。 「やはり、大祝家です」 「左様か」  短いやり取りの後、戻った郎党全員に向け六郎は叫んだ

今村翔吾「海を破る者」 #014

 六郎は大きく息を吸い込むと、令那を見据えて凜と訊いた。 「訊いてよいか」  令那は頷くと、微かに唇を震わせながら話し始めた。 「るうし」という国が蒙古軍の侵略を受けて滅んだのは約四十年前のこと。令那が生まれる遥か以前のことである。るうしは頑強に抵抗したことで、人口が半分になるほどの虐殺を受けたという。  以前聞いたように、令那の父は小さな領地を持つ貴族であった。多くの貴族たちが蒙古に最後まで抗うと主張する中、早くから服属することを説いていた。 「父は優しい人だった。多くの人