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#料理

【直木賞ノミネート!】麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』第1話無料公開 ~意識の高い慶應ビジコンサークル篇~

〈タワマン文学〉の旗手・麻布競馬場待望の第2作『令和元年の人生ゲーム』。発売直後から「他人ごととは思えない!」と悲鳴のような反響が続々と…… 4月、やる気に満ちた新入生の皆さまの応援企画として、第1話〈意識の高い慶應ビジコンサークル篇〉を期間限定で全文無料公開いたします! これを読めば5月病も怖くない……はずです。 『令和元年の人生ゲーム』 第1話 平成28年  2016年の春。徳島の公立高校を卒業し、上京して慶応義塾大学商学部に通い始めた僕は、ビジコン運営サークル「イ

イナダシュンスケ|哀愁のサニーレタス

第23回 哀愁のサニーレタス  サニーレタスはよく、何かの下に敷かれて登場します。コロッケ、から揚げ、春巻きなどの揚げ物が多いですが、お弁当だとハンバーグの下に敷かれたりもします。  サニーレタスのもしゃもしゃとした立体的な形状や赤褐色から緑のグラデーションは、確かに茶一色の料理をもググッと引き立ててくれます。そして主役に覆い隠されて見えない部分は、実は配膳の際に、料理の滑り止めとしても機能しています。まさに名脇役。特に居酒屋のテーブルでは、見目も麗しく、実に頼もしいバイ

大木亜希子「マイ・ディア・キッチン」第3話 料理監修:今井真実

第三話 この街に来て、あっという間に二ヶ月半が過ぎた。  その間に季節は冬を迎え、夜の商店街ではクリスマスのイルミネーションが光輝いている。花屋や雑貨屋の軒先にはクリスマスのオーナメントが飾られ、居酒屋ひしめく一帯からはおでんの香りが漂う。そのアンバランスさを、真っ直ぐに伸びるアーケードが包み込んでいた。  もう二十時だというのに人通りは多い。どこからともなく流れる『ジングルベル』のBGMを聴きながら私は今、人々からの好奇の目に晒されていた。  天堂さんに那津さん、そして私。

イナダシュンスケ|千切りキャベツの成長譚

第18回 千切りキャベツの成長譚 僕が小学生の頃「放送教育」というものがありました。これはNHK教育テレビでやっていた小学生向けの学科の番組を授業中にみんなで観るというもの。例えば週に一回の「道徳」の時間には、15分ほどの道徳の番組を観る、という感じです。もちろんすごく面白いというわけではないのですが、一応ドラマ仕立てで、普段の退屈な授業よりは幾分マシでした。そして僕はこの「道徳」のドラマに、なぜかじわじわとハマっていったのです。  自分たちと同じ小学生を主人公とするそれは、

今井真実|願掛けは、辛くて痺れる明太子スパゲッティ

第3回 願掛けは、辛くて痺れる明太子スパゲッティ  窓から陽が差し込んでいる。強い光のせいで、ほこりが薄く舞っているのが見えてしまった。  ソファに寝そべり、部屋をぼんやり眺める。いいかげん掃除機をかけて、洗い終わっている洗濯ものを干さなくては。でも、もう少しだけ。あと10分、このままぼんやりと静けさを味わいたい。  ああ、やっと家にひとりきり。この日が来るまで本当に長かった。  今朝、久しぶりに子どもたちがふたり揃って元気に登校していった。  いつもぴょんぴょんと跳ねて

イナダシュンスケ|牧歌的うどん店

第16回 牧歌的うどん店「牧歌的」という言葉があります。自然の中で牧人が歌う歌のような、飾り気がなくのんびりした様子を言います。  飲食店というのはおおむね、この「牧歌的」の対極にあります。常にせわしなく、そして時に世知辛い。一見優雅に見える店もありますが、それは水鳥と同じです。水面下ではいつでも必死に足搔いている。しかし僕は過去に一度だけ、本当に牧歌的な店に出会ったことがあります。学生時代の話ですから、もう30年以上も前のことです。  その店はうどん屋さんで、京都の、観光客

イナダシュンスケ|お伽の国の特級酒、あるいは毛糸玉の中のローマ

第14回  お伽の国の特級酒、 あるいは毛糸玉の中のローマ  その日は、早朝から始まるなかなかの大仕事でした。夜遅くまでかかることも想定内だったのですが、幸いスムーズに事が運び、夜の8時過ぎには撤収が完了しました。  朝から12時間以上ほぼ飲まず食わずだった僕は、こんな日はちょっとくらい良いものを食べて帰ろうと、帰宅途中の駅前にあるイタリア料理店に寄ることにしました。以前に一度だけ行ったことのある、40年以上続く老舗です。この時間からでも予約なしで立ち寄れそうな店として、ふと

イナダシュンスケ|好き好き懐石

第13回 好き好き懐石 懐石料理が大好きです。  僕は今回その愛を存分に語りたいと思っているのですが、その前にちょっとやらなければいけないことがあります。若干面倒臭い、言葉の定義と蘊蓄(生きていくのには別段役に立たない知識)です。  懐石料理は会席料理とも書かれますが、この両者は厳密には異なります。懐石は本来、表千家、裏千家といった茶事の席の料理。会席料理という言葉自体は、実は懐石という言葉が生まれる以前から存在はしていたのですが、懐石のスタイルが成立した後、それを茶室ではな

今井真実│妄想ホームステイーーベルクワンダーランド

第2回 妄想ホームステイーーベルクワンダーランド  駆け足で駅の階段を降りると、新宿行きの急行と各駅停車が、同じタイミングでホームへやってきた。到着までの時間の差は、10分弱。どちらに乗ろうか――少し逡巡して、各駅停車の方へ乗ることにした。  新宿に着くまでに、少し時間がほしい。ランチのお店を決めるには、落ち着いてゆっくりと考える必要がある。  今日の外出の目的はファンデーションのリフィルを買うこと。  ここ2週間ほど、四隅に残ったパウダリーをいじらしくちびちびと使って、

イナダシュンスケ|蘊蓄の悲哀

第12回 蘊蓄の悲哀 あらゆる飲食店は「一目置かれたい」と考えています。なぜなら同じ料理でも、一目置かれた状態で食べ始めるか、ただ漫然と食べ始めるかで、評価は全く違ってくるから。漫然と食べられると、最悪の場合、上から目線で妙なことをネットに書かれたりもします。少なくともそれだけは全力で避けねばならない。  一目置かれたいんだったら味そのもので勝負しろよ、というのは正論です。正論ですがそれは、酷というものでもあります。  かつては世の中にあまりおいしくないものがたくさんありま

料理家・今井真実さんのエッセイ連載がスタート! 第1回「心置きなくスパイスラーメン」

 第1回 心置きなくスパイスラーメン  数ヶ月に一度のヘアカット。行きつけの下北沢の美容院へ行く時は、平日の朝10時に予約すると決めている。小学生の子供の帰宅に充分間に合う時間だし、白髪を染めて髪を切ると、ちょうどお昼時に終わるからだ。 「最近美味しいお店ありました?」と美容師のYさんに聞いて、最新の情報を手に入れる。髪を綺麗にしてもらい、ランチをひとりで食べて帰るのが私の楽しみだった。  私は中学生の頃から「ひとりランチ」の食べ歩きをこよなく愛していた。美味しいものを

イナダシュンスケ|「美食家」は死語になる

第11回 「美食家」は死語になる  先日、少し面白い言葉の使い方を耳にしました。とある女性から聞いた、ご夫婦の話です。  彼女はある時、ダンナ氏にこんなことを話しました。自分は食材ごとの好き嫌いは全くと言っていいほど無いけど、コンビニとかスーパーで売ってるお惣菜やお弁当の味はあまり好きではない。そしてその時々の気分で明確に食べたいものとそうでないものがある、と。  それを聞いたダンナ氏はこんなふうに返しました。  「君は偏食だね」  この会話はそれで終わるのですが、その後、彼

大木亜希子×今井真実――再出発を目指すシェフを救った、ステークアッシェ〈レシピ付き〉

読んで作って癒される 「マイ・ディア・キッチン」 作家・大木亜希子さん×料理家・今井真実さんの夢のコラボレーション! 料理小説「マイ・ディア・キッチン」第二話に登場するお料理は… ステークアッシェ ラストに今井さんによるレシピつき! マイ・ディア・キッチン第二話 目が覚めると、見慣れない天井が目に飛び込んできた。  窓からは朝の光が射し込み、鳥のさえずりが美しい。なんと穏やかな気配だろう。私の唸り声以外は。 「大丈夫? 怖い夢でも見たのかい?」  扉の向こうから優しい

イナダシュンスケ|味の素ラプソディ

第10回 味の素ラプソディ  「味の素」の話をしようとしています。よく見ると実に秀逸なネーミングですね。この調味料が目指すところをズバリ言い切って、なおかつ抜群に親しみやすい。字面も洒落てる。ただ、味の素は固有の商品名なので、この種の調味料全般を指すのには不適切とされています。それで一時期は「化学調味料」あるいは略して「化調」という呼び名も普及しましたが、これは語感的にマイナスイメージが強いということで、「うま味調味料」と言い換えることが推奨されるようになりました。なんだかま