マガジンのカバー画像

WEB別冊文藝春秋

《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ! 月額800円で、人気作家の作品&インタビューや対談、エッセイが読み放題。作家の素顔や創作秘話に触れられるオンラインイベン… もっと読む
¥800 / 月
運営しているクリエイター

2023年12月の記事一覧

ブックレビュー:源氏物語と平安貴族の時代〈後篇〉|白石直人

▼前篇から読む 平安中期:摂関政治 藤原道長をその頂点とする摂関政治の時代を一望するならば、土田直鎮・著『日本の歴史5 王朝の貴族』(中公文庫)は、古いが非常に定評のある通史である。貴族同士の権力争い、特に藤原家内部での激しい攻防を経て、藤原道長がその栄華を極める過程が描き出されている。本書はしかしそれに加え、平安貴族の風習や文化などについても丁寧に説明を加えており、それによって平安時代の歴史をより深く理解することができる。  摂関政治では、自分の娘を天皇に嫁がせ、その息

ブックレビュー:源氏物語と平安貴族の時代〈前篇〉|白石直人

 2024年1月からのNHK大河ドラマ「光る君へ」は、紫式部と藤原道長を描き出す。彼ら・彼女らが生きた平安時代は一体どのような時代だったのだろうか。この記事では、摂関政治全盛期の前後の時代まで含め、平安時代がどのような時代だったのかを教えてくれる本を紹介していきたい。なお、平安時代の歴史を読む際には天皇家や摂関家の複雑な姻戚関係が重要となるので、天皇家の系図や摂関家の系図を適宜参照していただきたい。 平安時代通史~権力闘争の視点から 平安時代全体を一望する本としては、保立道

ピアニスト・藤田真央エッセイ #41〈アルプスで作り上げる音楽〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  凄まじい公演から一夜明け、7月25日はまる1日かけて文藝春秋の取材が行われた。  いつもは日本に帰国したときに取材を行うのだが、今回は文春チームがわざわざ渡欧してくれたおかげで、ヴェルビエの素晴らしい風景とともに記録を残すことができた。彼女らを歩いて案内していると「Mao ! Bravo」と街ゆく人々が立て続けに声をかけてくれるので、ヴェルビエ・ファミリーの仲間入りができたよ

ピアニスト・藤田真央エッセイ #40〈この一夜はきっと走馬灯に〉

 2023年7月24日には5年に1度の周年記念ビッグガラ公演がある。今年は30周年を祝し、その日ヴェルビエに滞在している全アーティストが一堂に会する、オールスターゲームのようなコンサートとなった。  そう、まさに5年前、アカデミー生だった私は観客としてガラコンサートに居合わせたのだ。いつかはこの一員になれたらと淡い期待を抱くとともに、世界の檜舞台で活躍するスターたちが眩しくて、そんなことは夢のまた夢だとも感じた。もし当時の自分にタイムマシーンで会いに行って、5年後にはその願い

年末年始に行ける! オススメ美術展5選【2023-24年】|透明ランナー

坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア(NTT ICC) 本連載でいちばん反響の大きかった記事が、2023年4月に公開した「『現代アーティストとしての坂本龍一』を振り返る――現代アートへの接近、そして越境」でした。教授の業績を回顧する記事は多くありましたが、現代アートの側面から振り返るものはあまりなかったように思います。執筆にあたって彼の芸術活動の幅広さをあらためて認識しました。  NTT ICCで2023年12月16日(土)から開かれている「坂本龍一トリビュート展

ロングコートダディ・堂前透のお散歩エッセイ!「俺はシロガネーゼ。君は?」

俺はシロガネーゼ。君は?  お散歩が好きなんです私。大阪は散歩し尽くしてしまったのでこの度東京に引っ越してまいりました。今回はマダムたちがたくさん住むと言われている『白金』を散歩してみることに。  白金まではタクシーで行きました。足が疲れるからです。散歩するためにタクシーに乗るなんて馬鹿野郎だと思われるかもしれないですが、こちらは文句があるならかかってこいという所存です。  白金に到着しタクシーから降りた瞬間、もうすでに漂う上品感。これが白金か。タメ口で偉そうに喋ってき

手放される覚悟、そして手放す覚悟を――「あいの里」の60歳・みな姉が綴る人生哲学

 え、ちょっと待って……。そこには娘のような年齢の魅力的な女性たちの姿があった。聞けば30代ひとりと40代ふたり。わたしは60代だ。これ、どうしたらいいの。そもそも40代のふたりは到底40代に見えない若々しくかわいらしい人たちだし、30代の女性なんて20代に見える学生みたいな人。勝ち目、ないじゃん……。 「あいの里」の初日。  オーディションを通過し、収録が開始されるまで「きっと熟年紳士たちに愛されるわたしでいてみせるわ」と息巻いていた。しかし、そんな甘い幻想は、無残にも打

【祝・本屋大賞! 宮島未奈最新作・全文無料公開中】「婚活マエストロ」第一話

第一話 二〇二三年十月十日、俺は四十歳になった。  目を覚ましてスマホを見ればすでに十時を過ぎていて、そろそろ起きようと伸びをする。子どもの頃は体育の日で必ず休みだったから、半分以上の確率で平日になるのがいまだに慣れない。俺はカレンダーの休日と関係なく仕事をしているが、クライアントは基本平日しか返信をよこさないから多少影響はある。  メールアプリを開くと、きのうの夜中に納品した占い記事のクライアントから「締切に余裕を持った納品、ありがとうございます! これから確認させていただ

『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈・初長篇!――〈はじまりのことば〉

 今年の三月に『成瀬は天下を取りにいく』でデビューした宮島未奈と申します。幸いなことに複数の版元からお仕事の話をいただいているのですが、いくつもの原稿を同時進行するのは難しいため、のらりくらりと保留してきました。  その網の目をかいくぐって滋賀県大津市まで乗り込んできたのが別冊文藝春秋編集部です。いつのまにか書くことが決まっていて、しかもどういうわけか連載ということになっていました。「妖怪ウォッチ」のコマさんのごとく「都会(の人)はもんげー怖いズラ」と恐れおののきつつ、こうな

藤田真央『指先から旅をする』を読んで――須賀しのぶさんから、熱い感想が届きました!

 天才が感じとれる世界を、私たちは成果として仰ぎ見ることはできるけど、共有することは絶対にできないと思っていました。  でも藤田さんの紡ぐ言葉は、彼の音楽そのもののように柔らかく豊かで、自分も美しい世界を一緒に見ているように感じられて、読んでいる間ずっと幸せでした。私は文章はリズムが命と信じているのですが、やはり素晴らしい音楽家の方の文章は凄い。しかも読書家というだけあって表現力も素晴らしくて、思わず嫉妬しました……。  どんなふうに楽譜を読み、想像し、音楽を構成していくの

今井真実|洋菓子店のキッシュで幸福感に包まれて

第5回 洋菓子店のキッシュで幸福感に包まれて  ずっしりとした封筒を開けると、紙の束。うう、ついにこのときが来た。締め切りは1週間後。なんとか集中しなくては……私のもっとも苦手な仕事「校正作業」のスタートだ。  レシピブックの製作が終盤に入ると、「本」の形になる前の、ページの中身を印刷した原寸大の紙の束が自宅に送られてくる。いわゆる「ゲラ」だ。入稿まで、私はこのゲラとひたすら向かい合い、レシピの分量は合っているかなど、間違いがないかをチェックする。  これがもう、私にとって

荒木あかね最新ミステリー! 読み切り短篇「置き去りイヤリング」公開

 臍の三センチ下あたりにぐっと力を込め、背筋を伸ばす。頭のてっぺんをピアノ線で引き上げるようにイメージして。正しい姿勢は接客の基本だ。  三号車の扉を前に、私は一つ深呼吸をした。それは客室に入る前のルーティンだった。新鮮な空気を肺に送り込みながら、心の中で「私は完璧」と呟く。私は完璧。だからこの先に一歩でも足を踏み入れてしまえば、もう失敗は許されない。  自動扉を抜けると立ち止まり、腰から上体を折って一礼する。 「お食事とお飲み物をお持ちいたしました」  東京駅を七時ちょうど

私は私の身体で生きていく――西加奈子が紡ぐ〝女であること〟から解放される8つの物語

作家の書き出し Vol.28 〈取材・構成:瀧井朝世〉 ◆フィクションでしか知ることが出来ない場所もある——5年ぶりの短篇小説集『わたしに会いたい』は、2019年から22年にかけて発表された7篇と書き下ろし1篇を収録していますね。文芸誌『すばる』(集英社)に掲載された短篇が多いですが、純文学系の雑誌に短篇を書くきっかけって、なにかあったのですか。 西 『おまじない』という短篇集を出した後に、『すばる』の編集の方が感想をくださったんです。私が意図していなかったところまで深く

ブックガイド——援助と開発経済~どうすれば貧しい国は発展するか|白石直人

■最底辺の国の状況 発展途上国とされてきた国々が次々と発展を遂げている一方、そうした発展の流れから取り残されている最底辺の国もまた少なからず存在する。ポール・コリアー・著『最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?』(中谷和男訳、日経BP社)は[1]、アフリカ諸国を中心とした最底辺の国々はどのような問題を抱えているのか、そうした国々が発展するには何が必要なのか、を考えた本である。援助や開発経済学を考える際の基本書であり、平易に書かれているので問題状況を