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『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬インタビュー「独ソ戦前線で銃を構えた女性狙撃兵。彼女たちの生の声が、この物語を導いた」

逢坂冬馬
(撮影:すずきたけし)

 全選考委員が満点をつけ、第十一回アガサ・クリスティー賞を受賞。日々聞こえてくる、読了者からの圧倒的な熱量の声、声、声。無謀むぼうなまでのスケールと、緻密ちみつな企みが同居した規格外のデビュー作は、いま、全国の書店で熱狂を巻き起こしている。

 第二次世界大戦下でもとりわけ凄惨を極めた独ソ戦が開戦したのは一九四一年のこと。その翌年、十八歳の少女セラフィマの暮らすモスクワ近郊の小さな村が、ドイツ軍に襲撃されるところから物語は始まる。住人たちは惨殺され、村で唯一の生き残りとなった彼女を救出したのは、ソ連軍の美貌の兵士イリーナだった。

 しかし彼女は、目の前で母親を射殺され、絶望に打ちひしがれるセラフィマに追い打ちをかけるがごとく、その遺体に火をつける。そしてセラフィマに、「お前は戦うのか、死ぬのか」と突き付けるのだ。その瞬間から、母を撃ったドイツ人狙撃兵と、亡骸を蹂躙じゅうりんしたイリーナへの復讐ふくしゅうが、セラフィマの生きる理由となった。そのために、セラフィマはイリーナが教官を務める女性だけの狙撃兵訓練学校に入り、対独戦の前線に立つべく、厳しい訓練を重ねていく。

 著者の逢坂あいさかさんにとって、独ソ戦は、いつか小説にしたいと温めてきた題材だったという。

「しかし、いまなおその傷痕に苦しんでいる方々がたくさんいらっしゃるわけですから、おいそれと手を出せるものではありません。日本に暮らす自分に何が描けるのかという躊躇ちゅうちょを振り切るのには、時間がかかりました」

 心を決めるきっかけとなったのは、二〇一五年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの主著『戦争は女の顔をしていない』との出会いだった。独ソ戦に従軍した女性たちへの綿密なインタビューをもとに、「男の言葉」で語られてきた戦争を、これまで口をつぐまされてきた女性たちの視点から語りなおした証言集である。

「当事者だからこそ語り得る世界、そのディテールの厚みに、感銘を受けました。どうしようもない現実の中で、戦わざるを得なかった女性たち。彼女たちをまた別の角度から立体的に照らし出すことができれば、きっと現代日本にも問いかけるべき小説になり得ると思いました」

 訓練学校に集められたのは、セラフィマと同じく家族を戦禍でうしなった少女たちだった。入学当初は牛を撃つことも躊躇していた彼女らは、トレーニングを重ねるうちに、狙撃数スコアを競い合う、プロの狙撃手として成長していく。

「テレビやインターネットを通して戦時下の状況を見聞きするとき、私たちは『なんであんな残酷なことができるんだろう』と平気で口にする。けれど私は、同じ場所に身を置いたら、自分もどんな行動をするかはわからないと思うんです。ニュースでは結果しか伝えられないけれど、彼らがその境地に至るには必ず過程がある。本作では、セラフィマの視点で物語を進め、読者の方に彼女と一緒に〝生き抜こう〟としてもらうことで、人間がいかに環境によって規定されていくのかを感じてもらえればと思いました」

 はじめはイリーナへの復讐心に燃えていたセラフィマだが、多くの時間を彼女と共有し、その内面に触れるにつれて、次第に心の揺らぎを感じるようになる。前線におもむく頃には、セラフィマは自分の心に芽生えたある問いに直面し、愕然がくぜんとする。

 私が撃つべき本当の「敵」とは、何なのか——。

 セラフィマだけではない。故郷と「ソ連」との間で引き裂かれるソ連兵、ドイツ兵を愛してしまったソ連人の寡婦かふ。戦場にいる一人一人が、善と悪、敵と味方といった、単純な二項対立では片づけられない葛藤を抱えている。

「戦地という過酷で不条理な世界において、自分の倫理を貫こうとするとどこかで破綻が起きる。彼女たち一人一人が何を志し、その願いがいかにして歪められ、絶望の果てに何を摑んだのか。それらを丁寧に描くことで、戦争というものを重層的にとらえられるのではないかと考えました」

 逢坂さんが高校一年生の時に、アメリカ同時多発テロが発生。その衝撃から、大学では国際政治学を専攻し、一度は研究者の道も考えたという。事実を客観的に分析し、論文に落とし込む手つきを習得したことは、結果的に、歴史小説を書く上でのいしずえとなった。

「本作を執筆するにあたっては、半年をかけて、できる限り資料にあたるようにしました。とりわけ戦史については最新の研究を参照し、精緻せいちな解釈に基づいた記述をするよう心を配っています。とはいえ、戦時下のプロパガンダの数字は鵜呑うのみにできませんし、現存していない資料も多い。正確性を担保するために、何をり所にすればよいのかは悩みました。そんな中、実際に戦地に生きた方々による生の言葉は、私に多くの示唆を与えてくれました。

 たとえば、実在した天才狙撃手、リュドミラ・パヴリチェンコの回想録『最強の女性狙撃手』からは、如何なる状況下でも一切動揺することがない、完成された本物のスナイパーの在り方を学びましたし、作中でも引用している『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』には、人をあやめることへの罪悪感が消失する瞬間を、まざまざと見せつけられました。彼らのむき出しの声を丹念に集めていくうちに、私が小説において重要視する〝正しさ〟とは、数字や歴史的事象の正確性を超えて、そこに生きていたであろう人々の内面を、どれだけリアリティをもって再現できるかだと気が付いたんです」

 虚実のあわいを行き来することによって、真実をあぶり出す。今回の執筆を通して、小説という表現の可能性に改めて気付かされたと語る。

「遠く海の向こうで起きる、目をそむけたくなるような題材を扱った作品です。それでも、私が想定していた以上に、皆さんが彼女たちの物語を自分ごととして受け止めてくださったことが嬉しかったですし、これから作家として歩んでいくにあたっての大きな励みになりました。次作へのプレッシャーも感じてはいますが、幸いにもこれから挑戦していきたいテーマはたくさんあるので、一作ずつ誠実に向き合っていければと思います」


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