見逃し厳禁の「新人」レビュー連載がスタート! 瀧井朝世・ニューカマーレビュー
自分と瓜二つの顔の遺体が運ばれてきたら……
山口未桜『禁忌の子』(東京創元社)
すでに大変話題となっている、第34回鮎川哲也賞を満場一致で受賞したデビュー作。著者は現役の医師で、医療現場を知る人ならではの臨場感がたっぷりの本格ミステリだ。
兵庫県の市民病院に勤務する武田航は、32歳の救急医。ある夜、彼のもとに沖に浮いていたという溺死体が搬送されてくる。全裸で所持品もなく身元不明のその男の遺体は、なんと、武田に瓜二つだった。顔だけでなく身体の特徴も同じで、もはや他人の空似とは思えぬレベル。しかし武田は一人っ子だ。彼は同じ病院の消化器内科に勤める医師、城崎響介の協力を得て、男の正体と彼の死の理由を探り始める。が、真相を知ると思われる人物と面会の約束をとりつけ会いに行ったところ、相手はすでに密室内で死体となっていた――。
自分とそっくりの男が登場する医療ミステリとくれば、つい「クローンかも?」と深読みしてしまうが(ミステリ好きにありがち)、物語はまったく違う方向へと転がっていく。
とにかく物語展開と、キャラクター造形が上手い。武田をはじめ各人物がはっきり目に浮かぶくらい巧みに書き分けられているが、特にインパクトがあるのが、本作の探偵役となる城崎である。彼は常に冷静で、「感情に体温があるとすれば、僕は変温動物じゃなくて、恒温動物なんだ。低めの体温でずっと一定してる」という。悲しみや怒りを感じることもあるが、「僕の感情の動きは一瞬なんだ。一瞬だけ動いて、すぐに消えてしまう」、と。そんな人間だからこそ非常に残酷な事実も冷静に受け止め、彼は真相に迫っていく。
タイトルが素晴らしい。禁忌の子とは誰を指すのか心の隅で気にしながら読み進めるわけだが、あまりにも予想外の真相が判明した時の絶望感!!!
苦い真実が待ち受ける作品ではあるが、本を閉じた時に「とにかく面白かった!」と満足できるのは間違いない。城崎の話がもっと読みたいと思ったら、すでに第2弾『白魔の檻』が来年刊行予定だという。人気シリーズとなっていきそうだ。
演芸写真家への夢を諦めた女性の再生物語
関かおる『みずもかえでも』(KADOKAWA)
第15回「小説 野性時代 新人賞」受賞作。こちらは一度大きな過ちをおかして夢を諦めた女性が、再び熱意を取り戻していく姿を描く、熱い成長物語だ。
落語好きの父に連れられて寄席に通ううちに「演芸写真家」という仕事を知った宮みや本もと繭生は、写真学校に進学し、20歳でベテラン演芸写真家の真嶋光一に弟子入りを願い出る。
「演者に許可なく写真を撮らないこと」といった条件のもと寄席への同行を許された繭生だったが、ある日、高座で若手の楓家みず帆が啖呵を切る姿に圧倒され、「撮らなければ」という衝動に駆られて無許可でシャッターを切ってしまう。みず帆の怒りを買った繭生はその場を逃げ出し、夢を諦めたのだった。
それから4年後。繭生はウェディングフォトスタジオで働いている。一生に一度の晴れ舞台に立つ新郎新婦のために自分を殺して彼らの要望を優先し、評判も良い。そんな彼女に舞い込んできた新たな仕事は、よりによって、みず帆のウェディングフォトの撮影だ。だが、久々に再会した彼女はいまだに繭生を許しておらず、繭生ではなくアルバイトのアシスタント、小峯に撮影を任せたい、とまで言い出すのだった。
みず帆との再会を機に、過去の失敗と、現在の自分と真摯に向き合っていく繭生の心情が丁寧に描かれる。未熟なあまり失敗したことは多くの人にあると思うが、だからこそ、演芸写真への情熱を取り戻し、行動を起こしていく彼女の姿に読者は励まされるはずだ。勝気なみず帆も彼女なりの苦労を抱え、落語に情熱を注ぐ姿が魅力的。繭生の元師匠の真嶋、みず帆の祖父の楓家帆宝師匠、アシスタントの小峯、ウェディングプランナーの園田、視力を失いつつある繭生の父親と、登場人物一人一人の人物造形が非常に丁寧。それぞれの仕事への矜持や落語への愛情と情熱が全編にわたって迸り有機的に繫がっていく。撮影シーンも臨場感があり、著者の描写力の確かさを感じさせる。今後も誰もが楽しめる、ウェルメイドなエンタメ作品を発表してくれそうな書き手の登場である。