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文・君嶋彼方 「自尊心を筆に乗せて」

WEB別冊文藝春秋

 九月二十四日。自分にとって特別な日というのはいくつかあるが、この日付も今年、その仲間入りを果たした。自身の初めての本が刊行された日だ。というわけで、『君の顔では泣けない』という作品でデビューさせていただいた、君嶋彼方と申します。どうぞお見知りおきを。ご存じの方、ありがとうございます。

 小説家になるということは、唯一と言っていい目標だった。というのも、もともと向上心や競争心がほとんどない人間で、誇れることが「文章を書く」ということくらいしかなかったからだ。

 小説を書き始めたのは中学生からだった。とはいえそのときは小説といっていいかも分からないような、とりあえず思いついたことを書いてやれ、と勢いだけの走り書きの集合体ばかり生み出していた。中高時代は人にあまり言いたくない(というか、本当に記憶にない六年。一体何をして過ごしていたんだっけ……)ような時間を過ごしていて、その後ろ暗さを小説という形で昇華し続けていた。

 起承転結などのスタイルをきちんと意識して書いたのは大学に入ってからだった。進学する大学には文芸サークルがあり、入学前からそこに入ろうと決めていた。年に四回、季刊で合同誌を発行し、そこに作品を載せたり批評し合ったりするのが主な活動だった。

 サークルでの日々は本当に血肉になったと思う。書いた小説を他人に読んでもらうというのは初めてだったし、当然それに対して批評されることも初めてだった。手厳しい意見も時にはあったが、面白かった、ここがよかった、と言ってもらえると自信がついた。自分には、物語を作る才能があるんだ、と思った。今まで自慢できることがタイピングの速さくらいしかなかった人生の中で、初めて自尊心が生まれた瞬間だったと言えよう。

 もちろん自分の書くものよりも面白い作品はたくさんあって、それらを読むと悔しかった。誰かに負けたくない、と強く思ったのも初めてだった。何しろ人と競争する、というのが心底苦手で、スポーツもできないし、ゲームですら勝敗が分かれるものはできるだけ避けてきた。

 言い換えればそれは、自信のなさの表れだったのだろう。運動神経はすこぶる悪いし、対戦型ゲームも苦手だ。でも、小説は違う。物語を書くことは好きだし、面白いものを書けるという自信がある。だから、負けたくなかったのだ。

 あるとき、サークルの先輩から言われた。お前の小説、賞に投稿とかしてみればいいじゃん。

 初めは軽い気持ちだった。小説を生業なりわいにする、という意識はそのときはなかったし、単なる力試しのつもりだった。

 けれどビギナーズラックというのだろうか、投稿した作品はあれよあれよと選考を勝ち進んでいった。驚いた。そして同時に思った。やっぱり、自分の書く作品は面白いんだ。自尊心はみるみる膨れ上がった。

 果たして、その肥大化した自尊心は呆気あっけなく打ち砕かれることになる。三次選考落ち。それが最終的な結果だった。そのとき受賞したのは、自分とさほど歳の変わらない現役大学生だった。

 はっきり言って、ものすごく悔しかった。年齢も立場も近い相手に負けてしまった。しかも彼は、インタビューなどを読むに(敢えて蔑称べっしょうとして使わせていただくが)いわゆる「リア充」というやつで、そこが更に悔しさを増進させた。自分が持っていないものをたくさん持っているのに、自分の特別だと思っていたものまでもかっさらっていくのか、と思ったのだ。初めての強烈な挫折だった。

 その作家さん、並びに自らの名誉のために言っておくと、そんな嫉妬心はさすがに今は落ち着いて、むしろ尊敬する作家の一人になっている。刊行直後は悔しすぎて読めなかったが、数年後その受賞作を読んだときは心から面白いと思えたし、次々と意欲作を出し続けるのも素直に凄いと感じている。今や、超実力派作家の一人だ。ただただ一方的に意識していた身ではあるが、それでもやはり何となく嬉しいものである。

 それから十数年。ようやく作家としての仲間入りができた。今ではその挫折は必要なものだったのだと胸を張って言える。けれど競争心は未だ健在だ。面白い作品を読むと嬉しいと同時に悔しくなるし、同時期にデビューした作家さんの単行本は平積みされているのに『君の顔では~』がなかったりすると書店で地団太を踏んでいる。もちろん、心の中で。

 小説に触れて初めて、そういった表に出せない感情を自覚してしまった。ここまで負けず嫌いな性格だとは思っていなかったので、正直言ってめちゃめちゃ驚いた。けれどそれがなければ、きっとここまで書き続けることはできなかっただろう。

 今日も明日も、そしてたぶんずっと先の未来でも。自分でも手の付けられないくらい厄介な自尊心を筆に乗せて、これからも小説を書き続けていくに違いない。

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