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人気ホラー系YouTuberが放つ“一度読んだら忘れられない”完全犯罪小説|やがみ『僕の殺人計画』インタビュー

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 ミステリー小説を愛する敏腕編集者・たちばなのもとに、ある日、送り主不明の原稿が届く。どうやら小説であるらしいその原稿は次のように始まる。「このときがようやく来た。/僕はあなたを殺します。/決して誰にもバレずに。」——これは小説なのか? それとも立花に宛てられた殺人予告なのか?
 YouTubeチャンネル登録者数75万人超えを誇る人気ホラークリエイターのやがみさんが11月に刊行した初の小説『僕の殺人計画』は、「究極の完全犯罪」をテーマに、編集者と「謎の殺人予告小説」の書き手の頭脳戦を描くネタバレ厳禁のミステリー作品だ。YouTubeでは、匿名掲示板サイトに投稿された怖い話をまとめたホラー動画が人気のやがみさんが、ミステリー小説を書いた経緯を伺った。

「母がひがしけいさんを読んでいて、小学生の頃から自分も影響されて読むようになりました。そこからミステリー小説家への漠然とした憧れがずっとあって。みんな一つや二つ『あれになりたかったな』と思うような憧れの職業ってあると思うんですよ。僕にとって小説家はそういうものでした。YouTubeの活動を通してチャンスが回ってきたので、死に物狂いで摑みにいったという感じです」
 YouTube活動初期は実際にあった掲示板投稿を使ったホラー動画を発表していたが、次第に完全オリジナルの怖い話を創作するようになった。するとある時、立て続けに小説執筆のオファーが舞い込んだという。そこから結実したのが『僕の殺人計画』というタイトルを持つ作品だった。
「本ってサプリメントと同じだと思っていて。買わないと効果がわからない、読んでみないと中身がわからない。そんな条件のもとで、パッケージを見て何を買うか決めるわけじゃないですか。『コラーゲン何mg配合』とか書いてあると買いたくなっちゃうのと同じで、ミステリー好きの人が読んでみたくなるようなタイトルがまずは必要だと思ったんです。
 僕は漫画『進撃の巨人』が大好きなんですが、物語後半でタイトルが美しく回収されるんです。僕もタイトルが物語全体に対してしっかり意味を持つような作品が作りたいなと思って、まず最初にタイトルを決めて作り込んでいきました」
 再生回数や再生時間で評価されるYouTubeでの活動のクセもあり、最後まで一気読みしてもらえるような作品を目指したという。作品作りの道しるべとしたものについて訊いてみると——。
いけじゆんさんが好きなんですが、『半沢直樹』シリーズなど、舞台となる銀行の裏側のディティールが書き込まれているじゃないですか。それによって読者は自分の知らない世界を疑似体験できる。その臨場感は読書の大きな魅力だなと。だから自分が書く時も舞台は大事にしました。特徴ある場所を選び、さらに細部を書き込むことでイメージをしっかり立ち上げられるよう意識しました。
 主人公を編集者にしたのは、本を読む人は本が作られる現場にも興味があるだろうと思ったのと、今回の小説を準備していくなかで担当編集の方から出版の世界の仕組みを教わったことも大きかったです。いろいろ学んでいくうちにこの世界を舞台にしたら新しい設定を書けるんじゃないかという手応えが生まれてきました。幸い、目の前にその業界で働く人がいるので取材し放題でしたし(笑)。業界の話としての正しさ、リアルさと、読者に楽しんでもらえる描き方のバランスには苦心しましたね」
 そしてミステリー小説の原体験としてやがみさんの心に残り続ける作品が、東野圭吾さんの『夜明けの街で』だ。
「初めて読んだのは10年以上前にもかかわらず、いまだにラストシーンとか、細かいセリフとかを憶えているんですよね。不倫を扱った作品なんですが、当時はまだ若くて不倫がどういうものなのかそこまでわかっていなかった。それなのに強く記憶に残っているし、当時の自分でも最後まで読めたんです。それがなぜなのか、小説を書くにあたって改めて研究しました。一人称で書かれていて、一文が長くなくて、セリフもたくさんあってというリーダビリティの高さが土台にありつつ、謎がいろんなところにちりばめられていて飽きない。そういうところをお手本にしました。さらに文章自体にも『こんな表現出てこないよ』と唸らされ、やはりすごいなと」
 小説以外にも目指すべきものを教えてくれた作品がある。
「映画『パラサイト 半地下の家族』はエンタメとして理想的だと思います。どんでん返し的な展開の面白さと、韓国の格差や貧困問題に切り込んだ社会性のあるメッセージがどちらも組み込まれている。そういうものに惹かれます」
 世の中にはいろいろな物語があふれている。そのなかで読者がずっと憶えていてくれる作品とはどんなものだろうという問いがいつもそばにあった。
「自分がせっかく小説を書くなら、読んでくれた人の考え方に何か光が差し込むようなものを残したい。それで人生をより良くしてほしいなんてつもりは全くないけれど、何かの気づきになればいいなという思いはあります。頭にドーパミンを出したいだけならTikTokとかを見たほうが早いので、そうじゃない何かを目指したかった」
 作中で最もメッセージ性が迸っているのは、第二章「容姿はコミュ力、殺せよ乙女」だろう。主人公・立花の仕事相手として、メイク動画で人気を博すインフルエンサー・ミサが登場する。彼女が自分の半生と「容姿」というもののほどきがたい結びつきに対する悲痛な思いを叫ぶシーンは、一気読み必至の迫力に満ちている。
「ミサは一番自分と重なっているキャラですね。ミサの意見って僕の意見なんですよ。彼女の叫びのシーンなんかは、ノンストップで10分、20分で書き上げました。普段から疑問に思ってたんです、見た目という、先天的な要因が大きいもので判断されるのって理不尽だよなって。でも同時に人間は社会的な生き物だから、どうしても容姿が関わってくる現実もある。誰からも教われないし、誰もがあんまり向き合いたくない残酷な現実みたいなものを書きたかったんです。『容姿はコミュ力』という言葉も僕のなかにずっとあった言葉で、漠然と小学生くらいから思っていたことでした。ルッキズムがまだまだはびこる世の中に、何か伝わればいいなと」
 主人公・立花と同じく、特にやりたいこともなくふらっと10代を過ごしたというやがみさん。いまやたくさんのファンに支持されるユーチューバーとなり、ファンにも作家活動を応援してもらっているという。
「他にもやりたいことがいっぱいあるんですが、小説執筆は自分のなかにあるものを一番出せる気がします。ついに人生をかけてやりたいことが見つかったなって思っています。いまめちゃくちゃ楽しいです」

写真:西木義和


◆プロフィール
やがみ

ホラークリエイター。オリジナルの怖い話動画を発表するYouTubeチャンネルは登録者数が75万人を突破している。2023年11月、初小説『僕の殺人計画』を刊行。

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