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劔樹人│関わるものを皆狂わせる、ロックバンドという魔物——高橋弘希、圧巻の音楽小説

WEB別冊文藝春秋

『送り火』で芥川賞を受賞した高橋弘希たかはしひろきさんの、初の長篇が2022年8月9日(火)に発売されます。バンド「Thursday Night Music Club」、通称 “サーズデイ” の個性豊かで才能あふれるメンバーたち、圧倒的なディテール、何より、世界を立ち上げる言葉の強度——類を見ない、危うく美しく、鮮やかな音楽小説です。
ご自身も長くバンド活動を続けられ、神聖かまってちゃんのマネージャーを務められたことでも知られる劔樹人さんが、いち早くレビューを寄せてくれました。

 気がつくとすっかり中年になっていることに、時々静かなショックを受けている。10代の頃ロックバンドの楽しさにすっかり魅了され、世間的には「売れてないバンドマン」として20年以上過ごしてしまった。最近は、ロックバンドなんてもはや中高年のたしなみなのかとすら感じる時もある。それでも好きであり続けているのだから、自分にとってそれには何やら得体の知れない魅力があるのだろう。

 そんな私には、郷愁を感じさせる作品だった『音楽が鳴りやんだら』。
 物語の時期は明記されてはいないが、ゼロ年代後半〜2010年くらいなのだろうか。華やかな音楽ビジネスの規模が今より、まだ、もうちょっと大きかった時代を描いている。

 主人公・福田葵ふくだあおいのバンド「Thursday Night Music Club」が所属するレコード会社・Eレコーズが持っているような豪華な自社スタジオは、多くのメジャーレーベルはすでに売却してしまったし、100万枚CDを売ることなんて、大規模な握手会を行うアイドルでもない限り、今では夢にも思わない。でも、ほんの少し前は、こういう感じが当たり前だったことをはっきり思い出した。

 物語の随所に、個人的にこの20年の音楽活動で経験した場面に酷似したものがたくさんあった。私が所属していたバンドが東芝EMIからメジャーデビューの可能性があった時期に、溜池山王にあったEMIの本社ビルを訪れて、上階にあった豪華なスタジオを見学させてもらったこと。「90年代に小沢おざわ健二けんじ)くんがここにずっと籠ってて……」なんて思い出話をディレクターから聞いたりして。

 自分は2010年頃に裏方に転じ、神聖かまってちゃんというバンドのマネージャーとして、バンドが駆け上がる時期を並走したので、Eレコーズのディレクターである中田なかたの姿にも既視感を覚える。名古屋200人、大阪400人、東京1000人という東名阪ツアーも、池下のCLUB UPSET、梅田のShangri-La、恵比寿のLIQUIDROOMで実際に仕切ったことがあったんじゃないだろうか。武道館公演や、フィンランドでの海外レコーディングまでとなると未体験なのだが……。あと、メンバーをクビにするのは私はしたことはない。しかし身近で、バンドが売れるために、足を引っ張っている(と、思われる)メンバーが替えられる瞬間は実際に幾度か見てきた。珍しいことではないのだ。

 それでもバンドというのは不思議な魔法がかかっているもので、演奏も下手ではたからみると一見誰でもよさそうなメンバーでも、いなくなることで突然バランスが崩れ、バンド全体の魅力が無くなってしまうことがある。これは、どんなに演奏が上手く、華のある容姿のメンバーで埋め合わせても取り戻せなかったりするから不思議だ。
 逆に、なんでもないようなメンバーチェンジで急に歯車が回り出すこともある。バンドにとってメンバーチェンジはピンチにもなり、大きなチャンスにもなる。バンドのメンバーチェンジがこの小説にも何度か登場するが、バンドという生き物にとっての重要なダイナミズムとなるその瞬間を成功させるべく、残されたメンバーとスタッフが奮闘する様子にぜひ注目していただきたい。

 それから、彼の才能に集まってくる登場人物たちを、群像劇のように細かく描写しているのがとても素晴らしいと思った。バンドのフロントマンで、作詞作曲を担当する葵は圧倒的に主人公に見えるが、他のメンバーも、辞めたメンバーもスタッフも、仕事で、プライベートで彼に出会う幾多の人たちも、それぞれが自分の人生の主人公として生きていることを感じさせる。

 この物語の骨子となるのは、葵がロックスターとなり、変化してゆく姿だ。ただ音楽が好きな若者が、夢を掴む代償として手放してゆくものも数多い。売れたという事実、人気者になっている状況を思えば判断は正しかったように見えるが、本当にそれでよかったのか。自分の経験上、そこに正解はないと思っている。この物語は、その正解のなさをラストまで一貫して描いている。

 葵の自己破滅的なキャラクターに惹きつけられる人は多いだろう。魅力あるフロントマンが危うさをはらんでいるのは、現実にもありふれていたと思う。きっと、通ぶったロックファンたちがゴシップ的に想像しているよりももっと多いのではなかろうか。
 しかし、危うい人が成功するかどうかのバランスは、今のSNS社会において、少し前とはだいぶ変わってきている気がしている。例えばメジャーデビュー後のロックスター然とした葵の不遜な態度ひとつとっても、今の時代はやや受け入れ難くなっているんじゃないかとも思う。アーティストにも品行方正を求める社会を、面白くないと思うかどうかは人それぞれだろう。だが、スターの成功の陰で人生を変えられ、人知れず傷付けられている人たちの存在があるのも確かなことだ。そして葵自身、誰より傷付きながら日々を生きる。彼がこの先、人生を振り返って最も美しく思い出すのは、大観衆からの歓声を浴びるステージなのか、それとも莉央りおと過ごした静かな小笠原の風景なのか。自分が出会ってきた数多くの魅力的なバンドマンたちを思い浮かべながら、そんなことを考えた。

『音楽が鳴りやんだら』(高橋弘希・著/文藝春秋刊)
作詞・作曲の天賦の才に恵まれた、福田葵。彼が幼馴染と組んだバンド「Thursday Night Music Club」が、とうとう大手レコード会社の目に留まった。デビューの条件は、ベーシストを入れ替えること。
「君には音楽の才がある。代償を恐れて自分で才能の芽を潰すことは、音楽への裏切りにもならないか」
プロデューサーの中田の言葉を受け入れ、メジャーデビューを決断した葵は次第に変貌し――。芥川賞作家の新境地にして、圧巻のバンド長篇です。

◆プロフィール
劔樹人(つるぎ・みきと

1979年、新潟県出身。大学時代から音楽活動を開始。現在、「あらかじめ決められた恋人たちへ」「和田彩花とオムニバス」のベーシスト。また、過去には株式会社パーフェクトミュージックで「神聖かまってちゃん」や「撃鉄」「アカシック」のマネジメントを担当した。2014年、『あの頃。男子かしまし物語』『高校生のブルース』で漫画家デビュー。またエッセイストの犬山紙子との兼業主夫生活を描いたコミックエッセイ『今日も妻のくつ下は、片方ない。妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』が話題となり、「主夫の友アワード2018」を受賞。2021年、『あの頃。男子かしまし物語』が『あの頃。』として映画化された。


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