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池澤あやか|藤井太洋の最新作『オーグメンテッド・スカイ』が問いかける「正しさ」に隠されたリアリティ

『オービタルクラウド』や『ハロー・ワールド』などで注目を集める、SF小説の旗手・藤井太洋さんの最新作『オーグメンテッド・スカイ』は、ご自身の出身地・鹿児島の高校生たちがVRコンテストで奮闘、成長する様を描いたビルドゥングス・ロマンです。藤井さんらしい最先端技術への深い洞察と新鮮な描写に満ちた本作について、プログラマーでもあるタレントの池澤あやかさんがレビューを寄せてくれました。

藤井太洋さんの最新作『オーグメンテッド・スカイ』は、2024年の鹿児島県立南郷高校寮「蒼空寮」を舞台に、寮生たちがVRコンテストに奮闘するさまを描いた近未来小説だ。

こういうと、なにやら最新鋭の機材に囲まれた、現代的な学生寮で繰り広げられる青春劇を想像するかもしれないが、蒼空寮は上下関係が厳しく、規律正しい雰囲気あふれる古風な学生寮だ。

主人公であるマモルたちの通う南郷高校の理数科には学区制限がなく、鹿児島市外や離島から優秀な生徒が集まる。蒼空寮は、そうした生徒たちの生活の拠点というだけでなく、毎年寮生でチームを組んで、高校対抗のVRコンテストである「VR甲子園」に参加している。

昨年好成績を残せなかった先輩たちの雪辱を果たすため、マモルたちはVR甲子園に参加する準備を進めるが、その説明会でVR甲子園の運営に対して疑問を持つ。

今年のVR甲子園のテーマは「SDGs(持続可能な開発目標)」なのだが、あろうことか、SDGsとして掲げられた17の目標のうち、高校生に適した目標として選択可能なテーマを8つに絞り込んでいたのだ。「貧困をなくそう」「ジェンダー平等を実現しよう」など、いくつかの目標はコンテストのテーマ対象から除外されていた。

マモルたちは、同じくVR甲子園の運営に疑問を持った女子校・永興学院の学生寮チームとタッグを組み、VR甲子園とルールの互換性がある国際VRコンテストである「ビヨンドチャレンジ」に挑戦する。本作では、初めて海外コンテストへ参加し、自分たちで追加の資金調達をする必要にも迫られたマモルたちの挑戦を描いている。

本書で一番の見どころは、やはり最新テクノロジーにまつわる筆致だろう。この小説の舞台は2024年。現在(2023年)からみると超近未来となっているからこそ、リアリティを持たせるには、現在の技術で実現できることをベースに詳細に語らなくてはいけない大変さがある。

筆者は、ソフトウェア開発会社に勤めていた元技術者だ。そのバックグラウンドを生かして詳細に語られるテクノロジーには説得力がある。

メインテーマであるVRのほか、ドローンを用いたフォトグラメトリなどのVR周辺技術や、暗号通貨、NFT、DAOなどの最新技術・トピックから、コインハイブ事件の裁判事例まで、エンジニアリング業界で話題になったホットトピックをディープに織り交ぜながらストーリーが記述されており、読み応えがあった。

しかし、本作の主題は何かと問われたら、「政治的に正しい意見に隠されたリアリティ」ではないかと私は感じた。ポリコレ旋風が吹き荒れる昨今、私たちが持ちがちな「政治的に正しい」意見は、本当に私たちの本音なのだろうか。この物語の中では、VRとしてプレゼンテーションを仕立てるが、彼らの抱える問題をストーリーに落とし込み具体的に映像で見せる必要がある。そこにはリアリティが必要不可欠だ。マモルたちはリアリティを追求するため、自分たちの本音に向き合い、彼らなりの解答を紡ぎ出す。

時代の潮流に沿って「政治的に正しい」行動をしているつもりでも、実は自分の本音はそこになく、物事の本質も理解しようとしていない。確かにそんな大人も多いような気がする。
最近、会社の取締役の女性比率が足りないからといって、女性アナウンサーや女優を社外取締役として迎える例をよく見る。彼女たちは、彼女たちの職を全うするプロフェッショナルであるものの、決して経営のプロではないはずだ。こうした登用を決めた企業の中には、その他の取締役は全員が男性という企業もある。彼女たちを積極的に登用する会社のアクションは「取締役の女性比率をあげる」という政治的に正しい意見に則ってはいるが、果たして、取締役の女性比率が少ないという問題に対する本質的な解決策なのだろうか。

私自身も他人事ではない。男性が多めの登壇イベントで、男性参加者は全員プロフェッショナル職で、女性は私のようなタレントが呼ばれていたりする。そんな時、「ジェンダーバランス要員で呼ばれているのかな?」と感じてしまうことが正直ある。私たちは、政治的に正しい意見に隠されたリアリティ——自分自身の本音や問題の本質に、もうすこし目を向けるべきなのかもしれない。

巻末で提示される彼らの解答は、高校生らしく荒削りだ。彼らは彼らなりにこの難しいテーマに挑み、はじめの一歩を踏み出したということなのかもしれない。

特に、マモルと共にシナリオを担当していた永興学院の雪田に対しては、私自身テクノロジーに携わるいち女性としてとても期待していたので、自分の本音に向き合うという一歩目を踏み出した彼女が、身の回りのどんなに小さな問題でも良いから、現代社会に潜む問題の一端を自分ごととして捉えられる日が来ることを期待している。

彼らはこれから寮を巣立ち、これからも政治的に正しい意見に隠された自分たちの本音と向き合っていくのだろう。そんな彼らの姿をみて、私自身も我が身を振り返る良い機会になった。

「政治的に正しい意見に隠されたリアリティ」という難しいテーマに挑戦しながらも、ノスタルジックな雰囲気と最先端テクノロジーの両方が味わえる本作。遠い未来を描くSF小説とはまた違う面白さがあるので、SF好きの方はぜひ一度読んでみて欲しい。

◆本紹介
2024年、鹿児島。県立南郷高校に通うマモルは、男子寮の次期寮長に指名される。下級生の指導や揉め事の解決など、マモルの負う役割は大きいが、なかでも、学生VR全国大会出場に向けてチームをまとめるのか最重要ミッションの一つである。昨年敗れた先輩たちの雪辱を晴らすべく、準備を進めるマモルだったが、大会事務局の対応にある違和感を覚える。同じ頃、アマチュアVRの世界大会「ビヨンド」の存在を知り、自分たちの進むべき新たな道を見出していく。吉川英治文学新人賞作家による、近未来青春小説。

◆プロフィール
池澤あやか
慶應義塾大学SFC環境情報学部卒業。 2006年、第6回東宝シンデレラで審査員特別賞を受賞し、芸能活動を開始。情報番組やバラエティー番組への出演やさまざまなメディア媒体への寄稿を行うほか、IT企業にソフトウエアエンジニアとして勤務。著書に『小学生から楽しむRubyプログラミング』(日経BP社)、『アイデアを実現させる最高のツール プログラミングをはじめよう』(大和書房)がある。

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