宮島未奈|よみがえる京都の夏――万城目学『八月の御所グラウンド』に寄せて
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「万城目さんがおっしゃるには、京大生はみんな『御所G』を知っているそうです」
編集者が差し出したプルーフには『八月の御所グラウンド』と書かれている。
「聞いたことないですね」
わたしが首を傾げると、「森見登美彦さんも知らないっておっしゃってました」との返答。三人中二人知らないやんけ。心のなかで突っ込みながら、
そのプルーフを受け取った。
そういうおまえは誰やねんと突っ込まれそうなので説明すると、わたしは今年の三月に『成瀬は天下を取りにいく』で小説家デビューした宮島未奈という者だ。万城目さんより七歳年下で、京都大学を出ている。
万城目さんのデビュー作、『鴨川ホルモー』は在学中に楽しく読んだ記憶がある。ところが改めて調べてみたら、『鴨川ホルモー』の出版は二〇〇六年四月。わたしが卒業した翌月ではないか!
そもそもわたしは本当に京大を卒業したのだろうか。それすら疑わしくなってきて、古い書類の入ったファイルを探った。過去のわたしはこういう日が来るのを予見していたようで、二〇〇六年三月に卒業したことを示す卒業証明書がしっかり収められていた。
わたしにとって、大学時代の記憶はそれぐらいあいまいになっている。だから今さら京都の大学生小説を読んだところで昔のように楽しめるかしらと思いつつ、『八月の御所グラウンド』を読みはじめたら、一気に京都が戻ってきた。
「八月を迎え、京都盆地は丸ごと地獄の釜となって、大地を茹で上がらせていた。百万遍の交差点に立つと、あまりの暑さに信号が、大学のキャンパスを囲む石垣が、コンビニの看板が、ゆらゆらと揺れていた。」
これは比喩じゃなく、本当に揺れていた。自転車にまたがって百万遍の信号待ちをしていたときの、全方向から刺されるようなあの暑さが、ありありと思い出せる。下宿にエアコンが付いていたにもかかわらず、贅沢は敵とばかりに扇風機でしのいでいた。ぬるい水道水の微妙な味も、舌の上に蘇ってくるようだった。
本作は大学四回生の朽木が、友人の多聞から借りた三万円の返済を怠ったために、草野球大会に引っ張り出される話だ。多聞は諸事情により、草野球大会で優勝しないと卒業させてあげないと教授から言われている。すでに企業から内定を得ている多聞にとって、草野球大会で優勝することは悲願なのだ。
かの草野球大会「たまひで杯」は八月の朝六時から開催される。京都の大学生にとって朝六時といえば前日の三十時といっても過言ではない。そんな朝だか夜だかもわからないような時間に、灼熱の御所グラウンドで野球をするなんてどう考えても無茶だ。
多聞はバイト先の系列店にまで声をかけ、どうにか九人を集めて第一戦を制する。しかし第二戦に集まったのは七人で、野球をするには二人足りない。相手チームの応援に来ていた朽木の知り合いのシャオさんと、たまたまグラウンドにいたえーちゃんという青年に助っ人を頼むのだが、そこから物語は思いもかけない方向に転がっていく。
野球においてもっとも大変なのはメンバー集めであろう。九人というのは個人で集めるには絶妙に多い。「立っているだけでいい」という誘い文句も、九人全員が立っているだけだったら試合にならないわけで、ある程度の戦力が求められる。
思えば『鴨川ホルモー』も、ホルモーに必要な十人がなぜかぴったり集まる話だった。主人公の安倍は、きっかり十人が集まることについてこう述懐する。
「このことに思いを巡らせるとき、俺はどうしても人知を超えたものの存在をちらほら思い浮かべずにはいられない。何もそんな大げさな話じゃない。たとえば、軒先に吊るされた、てるてる坊主を見つけて、全国に八百万おわすとされるこの国の神の一人くらいが、少しだけ明日の天気をいじっちゃおうかな、と思い立つ――そんな類いの話を、だ。」
わたしは改めて『鴨川ホルモー』を読み返し、これが『八月の御所グラウンド』と地続きの京都であることを実感した。真夏の早朝六時から行われるたまひで杯が長い間成立してきたのも、人知を超えた者が操っているからにちがいない。そこにはかつて京都で生きて死んだ者たちの魂も少なからず作用する。
実はこの本にはもう一作、「十二月の都大路上下ル」という短編が収録されている。こちらもまた、京都の歴史を感じる作品だ。女子全国高校駅伝で都大路を走る女子高生に、生きているはずのない者たちが並走する。そこにおそらく深い意味はなく、京都に暮らす神々のちょっとしたいたずらなのだろう。
いずれの作品も、すでに通り過ぎた青春を想起させる。もしかしたらわたしも気付かぬうちに、生きていない者たちと出会っていなかったか。終盤に多聞が発する「なあ、朽木。俺たち、ちゃんと生きてるか?」の問いが、強烈に突き刺さる一冊だ。
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