男子高校生のくだらなくも愛おしい会話が輝く、新感覚青春小説の誕生——金子玲介『死んだ山田と教室』インタビュー
山田が死んだ。啓栄大学附属穂木高等学校二年E組の人気者。面白くて、誰にでも優しくて、勉強もできる。そんな山田が、飲酒運転の車に轢かれて死んでしまった。夏休みが終わり、二学期初日を迎えた教室は暗く沈んでいた。見かねた担任がロングホームルームで席替えを提案するも、とてもじゃないがそんな気分にはなれない——そこに、声が聞こえてきた。教室に設置された校内放送用のスピーカーから聞こえてきたのは、死んだ山田の声だった。
第65回メフィスト賞受賞作『死んだ山田と教室』は、男子高に通う高校生たちのくだらなくも愛おしい会話と、死者がスピーカーに転生するという突飛なアイデアが魅力の、新感覚青春小説だ。著者の金子玲介さんに、物語誕生の経緯をうかがった。
「私は長らく純文学を書いていたんですが、あるときエンタメにも挑戦しようと思い立ったんです。どうせなら、一度思いっきりミステリーを書こうと思って、ほぼゼロからミステリーを勉強して〝孤島もの〟に挑みました。その作品がメフィスト賞の「座談会」に残りました(※メフィスト賞は予備選考や作家による最終選考を設けず、編集者の座談会によって受賞作が決定する)。本格ミステリーへのチャレンジは楽しかったですが、次はもう少し力を抜いて、いままで自分がやってきたことと掛け合わせた広義のミステリーにしようと思ったんです。
純文学を書いていたころから、人がわちゃわちゃ喋るところを書くのが好きで。でも人が死ぬというミステリーらしい展開を入れると会話が重くなるんですよね。じゃあ人が死んでも登場人物たちがのびのびと喋れるようにするにはどうしたらいいのかなと考えて、死んだあとも話し続けるやつがいれば、そいつの死の真相をフックにしつつ活き活きとしたやり取りが書けるんじゃないかと思いついたんです。それで、スピーカーにしちゃおう! と」
舞台となる二年E組は、山田を入れて36人のクラスである。そのうち約半数にも及ぶ人数の生徒の姿が、その発言とともに描かれる。かなりの人数だが、読者はキャラクターごとに違う声を聞き、その人となりを感知することができる。
「人間が好きだし、人と話すのが好きなんですよね。いままで知り合った人の喋り方や考え方が頭のなかに蓄積され渦巻いていて、そこから引っ張り出して書くという感覚です。
年齢や性別が違ったら書き分けが楽なんですが、男子校のある一クラスの話なので年齢も性別も同じで、生育環境も近しい。そのなかでどうやって個性を出そうかと考えて、エクセルで登場人物表をかっちり作り、一人称や口調を整理しました。『幼稚』とか『丁寧』とかそういう特徴もメモしたりして」
山田たちの馬鹿馬鹿しい会話に笑みを堪えるのは難しいだろう。お笑いが好きだという金子さんが「笑える会話」を書く理由には、思わず唸らされた。
「これまで小説のなかで描かれてきた友だち同士の会話には、笑いが少なすぎると思っていたんです。実際の友だち同士の会話はもっと笑いに溢れている。読者を楽しませたいのもあるけど、そうしたリアリティ、写実性をもっと高めるために意識して書いています。アドリブ的な笑いというか、ふっと出たセリフで笑うあの感じを小説のなかに落とし込みたかったんです。
テレビではお笑い番組がたくさんやっていて、芸人的な喋り方はかなり広く内面化されていると思うんです。自然とお笑いっぽい喋り方になる。私は演劇を観るのも好きなのですが、これは現代口語演劇でも共有されている感覚じゃないかと思っています」
会話もさることながら、金子さんの小説は地の文にも大きな特徴がある。たとえば、第五話「死んだ山田と誕生日」にこんなシーンがある。
発話にト書き的な描写を挟みながらも会話の流れを止めないこの書き方が、独特のリズムを生み出し、発話状況を活き活きと立ち上げている。
「会話と地の文の関係については、小説を書きはじめたときからずっと考えていて。一般的な小説ではセリフを終えてから心情や動作を書くし、地の文に句点を打つと思うんですが、人が喋るときっていろいろ考えたり感じたり、少し動いたりしながら喋ってますよね。だからそれらをできるだけセリフと同時に書きたかったんです。実際に会話するときのリズム感、息づかいに近づけたくて。人が喋ってる空間の、空気の張りつめ方とか緩み方とかって刻々と変わっていくじゃないですか。そういう空間を丸ごと描き出したいとずっと思っています」
これほどまでに実在感のある描写に満ちているにもかかわらず、本作にはあるものがほとんど登場しない。
「世代を限定するような固有名詞は意識的に外しました。固有名詞を出しちゃうと、内輪っぽくなってしまうと思って。自分の世代だけでなく、多くの人に自分の高校生時代を思い出してもらえるようにしたかった。仲のいい高校生男子の会話劇をやる以上、そもそも内輪感が強いので、そこでそのコミュニティや世代特有の固有名詞まで出すとやりすぎになってしまうなと思ったんです」
本作は金子さん自身が通っていた高校がモデルになっている。そしてその高校生活のなかで小説に出会った。
「高校2年のときに太宰治の『晩年』を1年かけて読み込むという授業があって、一気にはまりました。それからすぐ、自分でも小説を書きはじめました。会計士を目指していたので大学では商学部を選びましたが、文芸サークルに所属して小説を書きまくっていました。会計士として社会に出てからも小説はずっと書いていて、年に2作ほど賞に応募し続けていまに至ります」
メフィスト賞受賞を機に仕事を辞め、これからは専業作家として本腰を入れて小説を書いていくという。
「すでに2作目、3作目の執筆を進めています。2作目は『死んだ石井の大群』というタイトルのデスゲームもので、24年の8月に刊行予定です。3作目は『死んだ木村を上演』というタイトルで演劇ものを書いています。こちらは11月刊行を目指しています。小説は自由度が高く、なんでもどんなふうにでも書けるので、楽しいです!」
写真:佐藤亘
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