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鬱屈を抱えた全ての人へ――ラランド・ニシダの初小説!|『不器用で』インタビュー

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 八月二十九日、金曜日。中学生活初めての夏休みは後三日を残すだけになった。防砂林の脇の国道沿いには潮と排ガスでベタつく海風が吹き抜ける。煮出した紅茶色をした夕陽が僕たちの右頰を照らし、同時に顔の上に深い影を作った。ショッピングモールに遊びに行った帰りだった。

『不器用で』所収「遺影」より

 匂いや情景が一気に立ちのぼる、印象的な比喩表現から始まる本作は、お笑いコンビ「ラランド」のニシダさんによる初小説。器用に生きられず、生きづらさを抱える人々の姿を繊細な観察眼で描いた短篇集だ。
 もともと無類の読書好きで、年に百冊近く読破するというニシダさん。とはいえ、お笑いのネタはもっぱら相方のサーヤが書くし、依頼を受けるまで、自ら小説を書いてみようと思ったことはなかったという。
「本が好きで読んでいても、まさか自分で書いてみようとは思いませんからね(笑)。お笑いサークルの先輩がたまたまWEB小説サイト『カクヨム』にいたご縁で声をかけてもらって、『え、僕が?』と思いつつ、せっかくならやってみようかと挑戦してみました」

 手始めに、小説の書き方の指南書を五冊ほど読んでみたというが、
「『こうしろ』『こうするな』といった注意がいっぱい書いてあって。やばい、どんどん自信がなくなってしまう、と焦りました。それで、よし、思い切って一旦すべて忘れて書いてみようと」
 仕事の合間など、時間を見つけてはカフェに五、六時間滞在し、一人でノートにプロットを書く日々が始まった。原稿もパソコンではなく、方眼の書かれたノートに手書きしていたという。
「手書きのほうが、読み直したときに考える余地が生まれる気がするんですよね。パソコンで打たれた文字って立派で、まあこれならいけるかな? とすぐ思ってしまうんですが、頼りない手書き文字だと内容の薄さがよくわかるというか。そもそも僕、普段からメモ帳をいっぱい持っていて、気になったことはどんどんメモするようにしているんです。その中でも、お笑いのネタにしたり、ラジオで話したりするほどではない、言ってしまえば〝弱い話〟のほうが小説の種になるのかも——最近はそんなことも感じています。あと、好きな人のことよりも嫌いな奴のことのほうがよく覚えているので、そういう面が登場人物たちに反映されているかもしれない」
 メモを見返しながら、記憶を辿り、小説に活かしていく。これを繰り返し、五篇を書き上げた。
 例えば、高校の生物部を舞台にした「アクアリウム」は、ニシダさんが初めて書いた小説だが、着想源は高校生のときに見たニュースにあったという。
「2011年の東日本大震災の直後ぐらいに、イカ漁師の方が、イカをさばいたら人の髪の毛が出てきたという話をしていたんです。そのことがずっと頭のどこかにありました」
 この記憶が、作中、主人公の田邊たなべが経験する「人生で一番刺激的な出来事」の描写へとつながっていく。

 虫歯を治さないことで「消極的自死」を選んでいる二十七歳の会社員を描いた「テトロドトキシン」の原点は、楽屋で聞いた話だという。
平成へいせいノブシコブシの吉村よしむらたかし)さんが、現代人の寿命が延びたのは歯の治療が発達したからだと話していたんです。昔は、口腔こうくう内の衛生環境が悪く、毒素が身体に入りっぱなしだったから寿命が短かったんだ、と。その話が印象的で、『小説にできないかな』と思って。僕は今二十九歳で、主人公と歳が近いのですが、二十代後半ってライフステージが激動するタイミングなんですよね。二十代前半だと、同窓会で集まっても、みんな上司に怒られてばっかりで同じような境遇にいる感じがする。でも二十代後半に入ると、収入や社会的な地位といったことから、結婚や子どもの有無まで、バラつきが出てくる。あいつはあんなに活躍しているのに、俺は……みたいな気持ちになったりして。小説ではそういうモヤモヤした感情を表現することができるし、何より笑いが起こるかどうかを気にせずに書けるのが面白いです。ステージ上ではやり直しがきかないお笑いと違って、小説はいっぱい書き直せるのも楽しいですね」
 小説を書くようになってから、本の読み方にも変化があった。
「エンタメ小説には、大勢の人物が登場して、みんなで話している場面がよく出てきますよね。誰が何を話しているのか読者が自然に読み進められるように、ちゃんと書き分けられていて、すごいなと思います。いざ自分でそういう会話を書こうと思ったら、めちゃくちゃ難しいので。それから、小説ってどうしても、パンチラインっぽいというか、派手なシーンが記憶に残りやすいと思うんですが、自分で書くようになってから、その間にある〝なんてことのないシーン〟も気になって、読み込むようになりました」
 時間をかけて物事をじっくり思考するのが好きだというニシダさん。小説という分野と相性が良いのではないかと問うと、「真面目に答えるの、恥ずかしいですね」とはにかみながらも、「そうかもしれません。実際、まだまだ書きたいことがたくさんあります」と熱を込めた。
「あんまり人に話すようなことじゃない、話しても面白くないこととか、微妙な気持ちの動きみたいなのが書けたらいいなと。僕はお笑い芸人からキャリアをスタートさせて、まだお笑いという山を登っている途中なんですけど、同時に小説という別の山に登るのもいいなって。もちろんまだ、ニシダという人間に対して世間ではお笑いのイメージが強いと思う。それは仕方がないことだし、いいんです。でも小説は小説で、自分なりに、ずっと挑戦し続けていきたいなと思っています」

構成:五月女菜穂
写真:今井知佑


◆プロフィール
ニシダ(ラランド)

 1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。2014年、上智大学のお笑いサークルで、サーヤとともに、漫才コンビ「ラランド」を結成。M―1グランプリ2019、2020にて、アマチュアながら2年連続で準決勝に進出したことからネットで話題になった。テレビやラジオへ出演する他、YouTubeチャンネル「ララチューン」も人気を博す。今年7月、初小説『不器用で』を刊行。

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