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「黒い蔵」|はやせやすひろ×クダマツヒロシ

怪奇ユニット「都市ボーイズ」として活動し、呪物コレクターとしても知られる、はやせやすひろさん。彼のもとには様々な体験談が寄せられる。
今回お届けするのは、〝何かがいる〟蔵のお話―― 

※本作品は、はやせやすひろさんの実体験をもとに、クダマツヒロシさんが執筆しました。相談者の氏名は仮名とし、一部脚色してストーリーを設定しています。

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はじめまして。
はやせ やすひろ 様
出演番組やYouTubeなど、いつも楽しく拝見しております。
今から二〇年ほど前の話になるのですが、私が体験した、とある蔵に纏わる話を聞いて頂きたく、メールにてご連絡差し上げました。
ぜひ一度、ご検討下さいますよう宜しくお願いします。                               北野 拓哉

 僕が北野さんからメールを受け取ったのはつい先週のことだった。その後、何度かメールのやり取りをする中で、北野さんの小学生時代の体験談を簡単に聞かせて貰ったのだが、それがとても興味深かったので、ぜひ一度取材をさせてくれないかと申し出たのだ。

 僕「はやせやすひろ」は、2015年からオカルトユニット『都市ボーイズ』として活動をしており、オカルト全般の話題や、寄せられた怪異体験談などを、YouTubeチャンネルで日々紹介している。また『呪物じゅぶつ』と呼ばれる物を蒐集しゅうしゅうしていることもあって、その物珍しさからか、最近では『呪物コレクター』として多くのメディアで取り上げて貰える機会にも恵まれ、同時に北野さんのような自身の体験談を聞いてほしいという方からの連絡も増えた。
 約束の日の当日。夕方の仕事を終えたその足で僕は新宿を訪れていた。電車を降りて時計を見ると、北野さんとの約束の時間まではまだ少しある。駅構内を出ると、いつの間にか降り始めていた雨が、路面を微かに濡らしていた。頭上に「新宿駅東口」と書かれた出入口まで移動し、小雨をしのぎながら携帯を取り出す。「着きました」と北野さんへメッセージを打ち込んでいると、目の前に人が立つ気配を感じた。視線を上げるとそこにはうつむきがちでビニール傘を広げた男性の姿があった。見たところ三〇代前後だろうか。

「はやせさん、はじめまして……」
 賑やかな駅前の喧騒けんそうを背景に、男性が小さくつぶやく。この人が北野さんだろうか。事前のやりとりでは容姿について聞かなかったが、メールの文面や、すでに聞かせて貰っていたエピソードからある程度の人物像は読み取れていた。目の前に立つ男性は、僕が頭の中で描いていた“北野さん”に見合うように感じる。
「――北野さんですか? 初めまして。はやせです」
 聞いていた音楽を止め、イヤフォンをしまいながら軽く会釈をする。
「あ、はい……。忙しいのにわざわざすみません」
 北野さんはなぜか申し訳なさそうに僕の言葉を肯定しながら、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「いえいえ、全然。こちらこそお時間いただきありがとうございます」
 緊張で小さく肩を丸めている北野さんの心をほぐすように、努めて明るい声で謝辞を告げる。そのあとカバンから折り畳み傘を取り出して、横並びで歩き出した。夕刻の新宿駅。人通りの多い時間帯だ。学生にサラリーマン、水商売風の男女や、海外の観光客でごった返している。僕らは大通りを抜け、適当な雑居ビルに目星を付けて、地下の居酒屋へ続く階段を下った。店の扉を開けると同時にレジに立つ若い店員が駆け寄り、にこやかな笑顔と張りのある声で招き入れた。案内されるまま一番奥のテーブル席へと着く。
 腰を下ろして一息つくと、別の店員が飲み物の注文を取りにきたので、適当にソフトドリンクを頼み、北野さんもそれに倣った。店員がテーブルを離れたのを確認し、さっそく北野さんへ水を向ける。

「――じゃあさっそくなのですが、体験談について詳しく聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
「あ、そうですね……あの、でもこの話……」
 北野さんが言い淀む。その理由は分かっていた。
「大丈夫です。『名前は仮名、場所は絶対に特定されない』ように、ですよね」
 これが事前に北野さんと交わしていた約束だ。提供者によっては絶対に秘匿してほしいという要望も多く、そのうえでどうしても打ち明けたい、一人では抱えられないので聞いてほしいという申し出を受けることも少なくない。もっとも、嬉々として、こんな恐ろしい体験をしたんです、と話してくれる方も同じくらいいる。僕が場所や名前は伏せることを約束する、と改めて告げると、安心したのか北野さんの表情も少しばかり和らいだ。

「ありがとうございます。えーっと……どこから話そうか……そうですね……あれは確か……」
 緊張を拭うようにおしぼりでしきりに自身の指先をふき取りながら、北野さんが静かに話し始めた。
「親の都合もあって転校が多くて……。毎回やっとクラスに馴染めてきたって頃に転校が決まって。新しい土地でそのコミュニティに馴染むのは大人でも大変じゃないですか。すごく気を使うし……。それにどのコミュニティの中にも役割とか力関係っていうのがあるんです。いつもそれを知ることから始まる。これってすごく大事なんです……」
 決して暗いというわけではないが、どこか自信なげな表情の北野さんを見ていると、多感な時期にそういった環境に身を置いたことが、彼の性格に少なからず影響を及ぼしたのだろうと察せられる。
「例えばどこの学校にだって、リーダー格の子やおチャラけたムードメーカー、不良みたいな人間はいるんです。人気のある子はもてはやされるし、陰気なヤツはいじめられる。こういうのって、スクールカーストっていうらしいんですけどね……。なにせ、当時の転校先っていうのは小さな田舎の学校ばかりで、人数も多くなかったですから。そこに僕みたいな転校生という異分子が入ってくるでしょ? そうするとみんな気になるわけです。『こいつは一体どんなヤツなんだろう?』『自分より上なのか下なのか?』って。そういう視線に何度も晒されるんです」
 毎回自分に向けられる品定めするような奇異きいの視線。社会に出ても似たようなものだろうが、幼い子供にとって相当なストレスだったのだろう。北野さんも最初こそ、自分から歩み寄って交流を図っていたのだが、どれだけ労力をかけて仲良くなっても、転校すれば忘れられてしまう。労力をかけて友達を作ろうとするより、最初から一人でいる方がいくらか気楽だ。一度それに気づき、諦めてしまうと早かった。いつしか教室の隅に一人でいることにも慣れてしまい、休み時間にはもっぱら読書をして時間を潰すようになっていった。
「おかげでどこに行っても友達はできなくって……。酷いところではいじめられることもありました。直接的に暴力を振るわれるっていうよりは無視されたり、からかわれたり。そういうのにも、じっと耐えるようになってしまって……。今思えば些細なことなんですが、やっぱり辛かったですね」

 自嘲気味に笑う北野さんの気持ちは僕にも痛いほど分かった。僕自身、学生時代にいじめられた経験がある。北野さんと同じように無視されたり、「いつも本を読んでいる暗い奴」だとからかわれたり。多くの場合、相手にとって軽い遊びの延長のようなものだろうが、あまり思い出したくはない記憶だ。
「それはいつ頃まで続いたんですか?」
「中学校の卒業までですね。そういう経験をしてるもんだから、今でも人と喋るのは得意ではないんです」
 本人が言う通り、向かい合って席に着いてから、北野さんとほとんど視線が合っていなかった。伏し目がちで、僕がメモを取る瞬間だけ盗み見るようにこちらに視線を向けるのが、ドリンクのグラスに反射して映っていた。
 友達があまり出来ず、学校生活にも馴染めなかった北野さんは、登下校も毎日一人だった。
「それで、妙な体験というか、未だに忘れられない体験をしたことがあって……。確か、○○県の▲▲市で過ごしていた時期ですから、小学校四年のときです。クラスメイトの一人から声をかけられたんです」

 とある昼休み、いつものように教室の隅で本を読んでいた北野さんに声をかけたのは、クラスの中でもとりわけ目立つグループにいたやんちゃな男子児童だった。
「名前は確か……南条くん(仮名)、だったかと思います」
 ――ちょっとちょっとキミ。今度の土曜、うちに遊びにこんか?
 “キミ”と呼んだのはおそらく北野さんの名前さえ、うろ覚えだったからかもしれない。けれどそんなことは気にならなかった。
「びっくりしましたけど……でも、嬉しかったですよ。なにせ初めて誘われたから」
 急な誘いに喜んだ北野さんだったが、同じくらいの戸惑いもあった。これまで口をきいたこともないクラスメイトからの突然の誘いである。驚きのまま「えっ僕!?」と返すと、南条くんが続けた。
――あぁ、来てや。というのもな、“葛西”(仮名)がお前を誘っとんのや。
 葛西というのは南条くんがいつも一緒にいるグループの中でも、さらに際立って目立つタイプの男子児童だった。いわば中心格の児童だったが、他のクラスメイトから漏れ聞く話では、あまりよい噂は聞かない。
「よくない噂というか……。裏で悪いことをしてるっていう話を聞いてました」
「不良だった?」
「はい……。具体的にどんなことをしてたのかまでは分からないですが……まじめなタイプではなかったです」
 そんな彼がなぜ突然自分を呼びつけるのか。理由は気になったが、初めてクラスメイトから誘われた嬉しさが勝った。北野さんは戸惑いながらも、「いいよ」とその場で返事をしたそうだ。
「それで、次の土曜日に南条くんの自宅まで遊びに行くことになったんです」

 土曜日の午前中、支度を終えた北野さんは自室を出てリビングにいた母親に声をかけた。
「友達のとこ、呼ばれたから遊びに行ってくる」
「へぇ?」
 突然のことに驚いた様子の母が妙な声を上げ、家事の手を止めて玄関までパタパタと追いかけてくる。
「あんたが友達に呼ばれて行くなんて珍しい」
 否定したかったが、母の言う通りだった。今まで友人と呼べる人間がいるわけでもなく、ましてや遊びに誘われて出かけたことなんて一度もない。
「クラスの子? なんて子と遊ぶの?」
 よほど珍しかったのか母から矢継ぎ早に質問が背中に投げかけられたが、「別に誰でもええやろ」と適当にあしらう。「夕方には帰る」と告げ、振り向くことなく外に出る。玄関を一歩出ると、夏の日差しが容赦なく降り注ぎ、北野さんの目を刺した。
 額の汗をハンドタオルでぬぐいながら、三〇分ほど見慣れた街並みを横目に歩く。南条くんの自宅は、北野さんの家から小さな住宅街を抜けた先にある。
「――南条くんの家って、地元では少し有名だったんです」
 北野さんがグラスを口に運び、おしぼりで水滴を拭う。
「いや、家が有名っていうか……。敷地内に“蔵”があるんですが、その蔵に纏わる変な噂があって」
「噂ですか?」
 店に入ってから数十分。話を進めるうちに少しは慣れてくれたのだろう。先ほどと比べると、北野さんはいくらか饒舌になっているようだった。
「いや、私も当時学校でちらっと聞いただけなので、誰が見たとか……詳しいことは分からないんですが……」
 そう前置きをして、北野さんがゆっくりとこちらの反応を確かめるように言う。
「――『あの蔵には幽霊がいる』って」
 暖色の照明に照らされたテーブル越しに、その日初めて北野さんと目が合った気がした。

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