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ピアニスト・藤田真央の想い #01「この音にすべてを捧げたい――エルサレムの奇跡のコンサート」

毎月語り下ろしでお届け! 新連載「指先から旅をする」


 各国のマエストロから愛され、世界の聴衆を熱狂させる若き天才ピアニスト・藤田真央さん。
 2019年、弱冠20歳にして、3大コンクールのひとつ、チャイコフスキー国際コンクールで第2位に入賞。以降、そのイノセントで自由な音色と、独自の楽曲解釈で、クラシック音楽シーンを更新しつづけています。
 今年も、国内外で数多くのコンサートが予定されており、世界中を飛び回る日々を送る藤田さん。
 新連載「指先から旅をする」は、そんな藤田さんが《いま感じていること》をリアルタイムでお届けします!

★連載「指先から旅をする」は、毎月2回(5日・25日)配信します★

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藤田真央・ロングインタビューもあわせてお楽しみください
# 01「作曲家の理想の音を蘇らせる存在でありたい」
# 02「人間の営みへの興味が、わたしの音楽の根底にある」


 今回お話をうかがったのは、欧州でのコンサートツアーから帰国されたばかりの2022年2月15日。
 テルアビブでの奇跡のような演奏会。エルサレムの地で考えた、宗教と音楽のこと。自分に「合っている」と語る、モーツァルトについて。
 旅の興奮冷めやらぬままに、熱く語っていただきました。 

◉ コンサート・スケジュール ◉

1月28日(金) ナント(フランス)
ベートーヴェン《ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58》
シンフォニア・ヴァルソヴィア 指揮:ミハイル・ゲルツ

2月3日(木) ロンドン(イギリス)
ラフマニノフ《パガニーニの主題による狂詩曲 イ短調 Op.43》 
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:ワシリー・ペトレンコ

2月6日(日)-13日(日) テルアビブ(イスラエル)
モーツァルト《ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K. 467》
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:クリストフ・エッシェンバッハ

 2022年1月26日。わたしははやる心をおさえ、羽田空港に向かっていました。フランス、イギリスを経て、イスラエルを廻る約一か月の欧州ツアー。これから訪れるであろう素敵な出逢いに思いを馳せながら、パリに向かう飛行機に飛び乗ったのでした。

 1月28日にはフランス西部のナントで、ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58》を、2月3日にはロンドンでラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲 イ短調 Op.43》を演奏しました。
 それぞれに素晴らしい夜でしたが、その後訪れたイスラエル・テルアビブで、わたしは生涯忘れ得ぬであろう体験をしたのです。

 テルアビブ公演で弾いたのは、モーツァルトの《ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K. 467》。この美しい第2楽章〈アンダンテ〉には、主題のへ長調からニ短調を経て、再現部の変イ長調へと移っていく、繊細なパッセージがあります。
 そこはピアニストからすると、通り抜けるのがたいへん難しい場所。わたしの解釈だと、再現部はそうっとピアニッシモで進みたい。

 指揮者のクリストフ・エッシェンバッハはわたしの意図をよく汲み取ってくれました。イスラエル・フィルハーモニーは、ふわっと優しい極上の土台を築き上げ、わたしはその土台にピアノの音をすっと乗せる。瞬間、鳥肌が立つほど美しい音楽の磁場が、そこに生まれました。
 ピアノの音が辿る先を、その場にいるすべての人が追っている。演奏者と聴いてくださっている方が、同じ空間でつながっていることを、肌身で体感できたのです。それはまったく、信じられないほど素晴らしい時間でした。
 この音にすべてを捧げたい――震えが止まらなくなるような感覚を覚えながら、わたしはそう願っていました。


 イスラエルのお客さまは、本当に音楽を愛している方々だと感じ入りました。演奏中、客席から物音ひとつしないのです。楽章と楽章の間に拍手が起こることもなく、次の音をじっと待っている様子が伝わってきました。楽曲への理解が行き届いているのでしょう。
 さらにありがたいことに、会場は毎回満員でした。いったいどんな方々が? と思うほど客席が埋まっていた。聞けばそれも当然で、イスラエル・フィルは定期会員の数が世界一多いのだそうです。それだけコンサートに行くことを日常のよろこびとしている方が多いということでしょう。
「ジーンズコンサート」というユニークな趣向の公演も行いました。木曜日の22時から、演者も観客もカジュアルな服装で集い、公演前にはビールが振る舞われたりするのです。テルアビブのみなさんが気負うことなくコンサートを楽しみ、日常にクラシック音楽がしっかりと根付いていることが感じられる一コマでしたね。

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