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「リアル変な家」|はやせやすひろ×クダマツヒロシ

怪奇ユニット「都市ボーイズ」として活動し、呪物コレクターとしても知られる、はやせやすひろさん。彼のもとには様々な体験談が寄せられる。
今回お届けするのは、家の屋根裏であるものを見つけてしまった男の話―― 

※本作品は、はやせやすひろさんの実体験をもとに、クダマツヒロシさんが執筆しました。相談者の氏名は仮名とし、一部脚色してストーリーを設定しています。
※本文中に、呪物の写真が掲載されています。ご注意ください。

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「――人間の■■です」
 
 周囲の客に聞かれないようテーブルに身を乗り出し、声を潜めて須藤(仮名)さんが告げる。それはその言葉自体が呪詛じゅその意味を持つような不吉な響きだった。気づけばさっきまで賑やかだった店内は、がらんと静まり返っている。まるで得体の知れない何かが、ほかの誰にも聞かれまいと人を拒絶しているようにも思えた。
「なんでそんなものが……」
 窓の外はすでに日が落ちかけていた。

 数年前の4月。僕のもとに、須藤さんという男性から一通のメールが届いた。そこには簡単な挨拶と怪異体験談がいくつか書かれており、興味を惹かれた僕は彼に直接取材をするべく、すぐに関西の××市を訪れた。

 事情を知らない人のために簡単な自己紹介をさせてもらうと、僕「はやせやすひろ」は、2015年からオカルトユニット『都市ボーイズ』として、YouTubeを中心にオカルト全般の話題や、視聴者から寄せられた怪異体験談などを、自身のチャンネルで日々紹介している。また『呪物』と呼ばれる物たちを蒐集していることもあって、その物珍しさからか、『呪物コレクター』として最近ではメディアで取り上げてもらえる機会も増えた。

 須藤さんもまた、都市ボーイズのYouTubeチャンネルを観て「是非体験談を聞いてほしい」と連絡をくれた一人だ。
 僕は体験談を取材する場合、できるだけ体験者と顔を合わせ、現地に出向くことを心がけている。それは取材において、体験者が記憶を辿る過程で、忘れていた些細な出来事を思い出し、それをとっかかりに、別の記憶を想起することが往々にしてあるからだ。

 待ち合わせ場所に指定された喫茶店に入り店内を見渡してみると、奥の席で腰を浮かし右手を上げている男性と目が合った。
「すみません。お待たせしました」
「いえ全然。わざわざコチラまで来て頂いてすみません。須藤です」
『須藤』と名乗ったその男性は、事前のやり取りから想像していたよりもずっと若く見える。聞けば今年で29歳になるという。年齢が近いということもあって、僕らは友人同士のように見えるかもしれない。席について少しばかり談笑していると、ウェイターがテーブルにアイスコーヒーを運んできた。それをテーブルの端にけ、手元に置いたヴォイスレコーダーのスイッチを入れる。液晶に表示された数字が進みだすのを確認したあと、僕はいつものように「じゃあ、さっそくお話を聞かせて貰っても宜しいでしょうか」と切り出した。それを合図に須藤さんが訥々とつとつと話し始めた。

「――うちの家ってのが、少し変わってたんです」
 須藤さんが生まれた家は、祖父が購入したものだった。今でいう一級建築士のような仕事をしていた祖父は当時、廃屋同然のボロ家を買い、それを自宅として住むべく自身で改築を進めた。祖父が亡くなったあとは、父親が自宅を譲り受けて改築を続けていたのだが、元々が廃屋だったこともあって部屋数が少なかった。両親の部屋、姉の部屋、兄の部屋、仏間――。須藤さんに部屋が与えられることはなく、幼いころは両親と同じ部屋を寝室として使っていたのだが、年頃にもなると不満も溜まってくる。自分の部屋が欲しい。姉と兄には自室があるのに。
「仕方がないから仏間を自分の部屋として使うことにしたんです」
 そこからしばらくは仏間を自室として使っていたそうだが、やはり自分だけの部屋が欲しいという欲求は消えずにあった。
「それから3年ぐらいした頃かなぁ。突然姉が家を出て行ったんですよ」
「なんでまた? 何か理由があったんですか?」
「彼氏が出来たんです。駆け落ちみたいなものですかね、その彼氏と一緒に。まぁ××市なんて何もないような退屈な場所ですから。気持ちは分かりますよ」

 閉鎖的な田舎の生活にうんざりしたのか彼氏にほだされたのかは分からないが、須藤さんの姉は両親に何も告げずに家を出た。以来自宅に戻ることは一度もなく、10年以上経つ今も連絡はつかないままだという。
「それでうちの父親が激怒しまして。元々気性の荒い人なんですけど、『育ててやった恩も忘れやがって』って。まぁ親としてはやるせないですよ。可愛がっていた娘がある日突然理由も分からないまま出てっちゃうんだもの」
 身一つで出て行った姉に対し、父親は自宅に残された彼女の私物を全て処分してしまった。怒りに任せて次々と部屋から荷物を持ち出して捨てる父。しかし空になった姉の部屋を見た須藤さんは心配よりも嬉しさが勝った。「これで自分の部屋が出来る」。そう考え、内心ガッツポーズをしたのだという。
 作業を終えて居間で座る父親が投げやりに「部屋、お前使ってええぞ」と須藤さんへ告げたことで、晴れて正式に許可を得た。
「自室があれば好き勝手しても目が届かないわけですから。『勉強しろ、早く寝ろ』なんて親にどやされることもない。嬉しかったですよ」
 須藤さんはその日のうちに自分の荷物を部屋に運び入れた。漫画を棚に並べ、テレビにゲーム機を繋ぐ。壁際にベッドを置けば寝そべっていてもゲームができる。

「その日の深夜1時頃だったと思います」
ベッドに寝転がってゲームに熱中していた須藤さんの耳に、妙な物音が聞こえてくる。
――かりかりかりかり。
何かを削るような微かな音。天井の奥の屋根裏辺りから聞こえてくる。ゲームを止めてもう一度頭上を見る。
かりかりかりかり。
やはり音の出どころは屋根裏であるらしかった。
「まぁ元は廃屋の古い家ですし。鼠か何かがいるんだろうって思ったんです」
鼠が柱でも齧ってんのか。そんなことを考えながらもそれ以上気に留めることなく再び画面へ視線を戻した。
かりかりかり。かりかりかりかり――。
とはいえ一度意識を向けてしまったら、どうにも気になる。異音はそれから10分ほど屋根裏から断続的に響いていたが、ふとした瞬間ぴたりと止んだ。
「それからなんです。毎晩同じ時間になると聞こえるんですよ。『かりかりかり』って」
 ふいに聞こえ始める異音をやり過ごしていると、いつも10分程度で聞こえなくなる。両親の寝室や仏間で寝ていたときにこんな音が聞こえたことは一度もない。
 数日した頃、両親に「天井から変な音が聞こえる」と伝えるとやはり両親も「鼠の仕業だろ」と言う。部屋で過ごし始めてから2週間程が経っても、異音は毎晩欠かさず屋根裏から聞こえていた。
「それで、昼間に一度屋根裏を覗いてみることにしたんです」

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