史上最年少の乱歩賞作家が、"終末ミステリー"に辿り着くまで――荒木あかね『此の世の果ての殺人』
歴代最年少の23歳7カ月で第68回江戸川乱歩賞を受賞。選考委員全員からの絶賛とともに、新たなスター作家が誕生した。
小惑星が日本に衝突し、地球が滅びるまであと2カ月。街から人の姿が消え、山奥では世をはかなんだ人たちが「奥地自殺」を図っている。大混乱に陥った世界をよそに、23歳の小春は小さな夢をかなえるため、自動車教習所に通っていた。教習所にはただ一人、イサガワという女性教官が出勤し、小春の実習を担当している。彼女たちが乗ろうとした車のトランクから、滅多刺しにされた女性の死体が出てきてしまうところから物語が動き出す。
「大学4年生から社会人1年目にかけて、実際に教習所に通っていたんです。運転が苦手でつらかったのですが、『ここを舞台にミステリーを書くとしたらどんな話になるかな』と想像を膨らませて鬱々とした気分を晴らしていました。そんな中で思いついたのが、教官と生徒がバディを組んで事件の謎を解き明かしていくという設定です」
謎を解き明かすといっても、一般人である二人に捜査権はない。どうすればいいかと考えた時に「地球が滅亡する直前なら、警察が機能しないのでは」とひらめいたという。しかし、そんな状況下でひとは殺人を犯すのだろうか。
「もうすぐ人類が滅亡するかもしれないというときに、なぜ殺人事件が起きるのか。そして小春とイサガワ先生はなぜ事件に介入するのか。この2つの大きな謎を提示できれば、読んでくださる方に最後まで楽しんでもらえるのではと考えました」
デビュー作にして読者を意識したこの言葉からもわかるように、荒木さんの『此の世の果ての殺人』は、新人離れした快作だ。完成度が高くリーダビリティも抜群である。
荒木さんが初めて小説を書きたいと思ったのは中学3年生の時。きっかけは一篇のミステリー小説だったという。
「中学校の図書館で『オールスイリ2012』(文春ムック)をたまたま手に取って、その中に有栖川有栖さんの短篇『探偵、青の時代』が掲載されていたんです。初めて読んだ本格ミステリーに『こんなに面白いものがあるんだ』と感激して。それ以降、こんな小説をもっと味わいたいと、貪るようにミステリーを濫読しました」
ミステリーに魅せられた荒木さんが「自分も書いてみたい」と思うのに時間はかからなかった。中高生の頃にはなかなか納得のいくものが書けなかったが、大学生になってからは新人賞への投稿を始める。しかし小説を書いていることは自分だけの秘密にしていたという。
「友だちに言うのは勇気がいるし、家族にも最終選考に残ったタイミングで初めて報告しました。受賞を伝えると喜んでもらえてホッとしました」
創作方法は、まずプロットをしっかり練り上げるところから。『此の世の果ての殺人』の場合は、世界観や主人公の設定を掘り下げ、プロットを固めるまでに3カ月。執筆に3カ月。トータルで半年かかったそうだ。
「地球が滅亡するという大掛かりな設定なので、考えなければならないことが多かったですね。水道は? 電気は? 通信手段は? と、細かいところをひとつひとつ詰めていきました。終末ものを書くにあたって、ベン・H・ウィンタースさんの『地上最後の刑事』から大切なヒントを得ました。非日常の中にも『日常』はたしかに存在していて、そこにリアリティがないと『終末』をあぶりだせないんだって」
日常描写は『此の世の果ての殺人』の大きな魅力だ。地球滅亡という特殊な設定でありながら、すんなり物語に入っていけるのは、教習所の実習や、ドライブ中に目にする世界、小春の家庭事情などが丹念に描かれているからだろう。特に、小惑星の墜落地点に近いと知りながらも、その土地を離れることのできない人々の描き方は圧巻だ。
「金銭的な理由や健康上の問題などでどうしても逃げ出せない、取り残されてしまう人たちがたくさんいるだろうなと思いました。現実の社会と地続きの作品にしたかったので、そういった『見捨てられる側』のひとの存在をなかったことにはしたくないなと」
『此の世の果ての殺人』にはSF的要素もある。とりわけ思い入れのあるSF作品を挙げてもらった。
「乱歩賞の選考委員でもある新井素子さんの『ひとめあなたに…』が大好きです。いま考えると、この作品を読んだときから、地球が滅亡するという設定にあこがれがあったのだと思います」
影響を受けた作家はほかにもたくさんいる。
「高校生の頃は新本格ミステリーをよく読んでいて、有栖川さん、綾辻行人さん、法月綸太郎さん。それに北村薫さん。それから古典や海外作品を読むようになって、アガサ・クリスティが大好きになりました。主人公だけでなく脇をかためる女性たちが魅力的で、女性が活躍する話を書きたいと思うきっかけになりました。ミステリー以外だと、柚木麻子さんや王谷晶さん、藤野可織さんの作品にも惹かれます」
うちにこもりがちな小春と、正義感の強さゆえに時に暴走してしまうイサガワ先生。好対照の性格を持つ女性2人の関係も絶妙だ。
「人見知りで、細かいことを気にしてしまう小春の性格は、私自身と重なるところが大きいんです。だからこそ、自分が会ってみたいと思える大人として、イサガワ先生を登場させました。積極的に事件に介入すると同時に、小春の主体性を引き出してくれる存在にしたかったんです。だから、物語を書き進める過程で、『こんなことを言うようになったんだ』と小春の成長を実感できたのは嬉しかったですね。こんなにキャラクターと向き合えて、愛着を持てたのは初めてです」
今後の抱負を尋ねると「最後まで熱中して読んでもらえるようなミステリーを書きたい」と答えてくれた荒木さん。彼女がこれから手掛ける「謎」は、一体どんなものになるのだろう。また一人、次回作が楽しみな作家が登場した。
構成:タカザワケンジ
撮影:石川啓次
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