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櫻木みわ|湖をわたって

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 大型冷蔵庫、最新のドラム式洗濯機、本棚にフロアランプにワーキングデスク。プロフェッショナルの運び屋たちが、梱包された家具や家電を手ぎわ良く、そして慎重に運び入れる。「◯◯丸」と書かれた漁船の上に。
「完了です。行きましょう!」
 そういわれ、私も船に飛び乗った。

 ひとつの場所をたいせつに整えて、長く、落ち着いて暮らしたい。わりと真剣にそう考えているのに、みえない星の運命帳にどでかい移住の刻印でも押されているのか、海外でも国内でも、引っ越しばかりしている。
 雪の舞う去年の二月、東京から滋賀県近江八幡市に移り住んだときは、ここでずっと暮らすことになるだろうと考えていた。それで新築3LDKのデザイナーズマンションを借り、倉庫に預けていたうつわや食器のコレクションも全部運んだ。
 それが三ヶ月後には、同じ市内の伝統的建造物群保存地区の中にあるお堀の前の古い長屋に、その一ヶ月後には紅葉で知られる京都の東福寺近くの一軒家へと移り住み、気がついたら今度は琵琶湖の上で、引っ越しをしようとしている。あちこちを移動して来たけれど、湖上の引っ越しは初めてだった。

撮影:田中源

 琵琶湖で唯一の有人島、沖島が、私のあたらしい転居先だった。人口二百五十人ほどの小さな島で、島内には車もコンビニもない。
「トラックが乗り入れできない島は経験がなくて……」
 問い合わせた引っ越し業者にはどこからも、申し訳なさそうにことわられた。やはり湖をわたっての引っ越しは難易度が高いのか。あきらめかけたとき、以前に小説の仕事でお世話になったことのあるCLASという会社が、手を差し伸べてくださった。
 CLASは家具や家電のサブスクリプションで業績を伸ばしている会社で、商品の運送や配置まで手配してくれる。恋愛リアリティ番組「バチェラー・ジャパン」の初代バチェラー、久保裕丈さんが社長だというと、思い当たる方も多いかもしれない。
 CLASのサービスエリアに、滋賀県はまだ入っていないのだけれど、先の縁で、特別に手配してもらえることになった。私のほうで船を用意すれば、CLASと提携している樋口物流サービスの方たちが、島の家まで運んでくれるという。島の窓口に相談したら漁船を出してくださる方がいて、事前の打ち合わせを重ね、とうとう引っ越しが実現したのだった。
 船は湖面をどんどん進む。真珠みたいな水しぶきがかがやいて、船の横を大きな鳶や青鷺がゆうゆうと、風を切って飛んでゆく。
 あちこちに様々なものを運んでこられたにちがいない樋口物流サービスの方たちも、スマホをかざして船上の記念写真を撮っていて、あのプロの方たちにとっても湖の引っ越しは初めてなのかと、私はあかるい気持ちになる。

 家を持ち、家庭を築き、落ち着いて暮らしているひとに、あこがれとうらやましさを持っている。自分もそうしたいと思っているのに、いつも初めての、思いがけない場所にいて、まごつきながら暮らしている。
 これからのことは何もわからない。一年後の自分がどこにいるのかも不確かだ。けれどいまはこの島のことを学び、島のひとたちの話を聞かせてもらって、これは変わることなく自分のもとにある、小説を書いていきたいと思っている。


櫻木みわ(さくらき・みわ)
1978年福岡県生まれ。タイ、フランス、東ティモール滞在などを経て、2018年に作品集『うつくしい繭』で単行本デビュー。他の著作に『コークスが燃えている』『カサンドラのティータイム』がある。

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