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Bプラスで満点、それが介護――河﨑秋子が紡いだ等身大の家族の物語

WEB別冊文藝春秋

第167回直木賞の候補にもなった前作『絞め殺しの樹』は、北海道の根室を舞台にした大河小説でした。2014年に『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞しデビューを果たして以来、厳しい自然と向き合いながら生き抜く人間の姿を描いてきた河﨑さんが、初めて等身大の、現代を生きる家族を描いた本作に込めた想いとは――?

作家の書き出し Vol.21
〈インタビュー・構成:瀧井朝世〉

◆介護と向き合う日々

——新刊『介護者D』、他人事ではない切実なテーマだと思いながら読みました。東京で派遣社員として働いていた30歳の猿渡琴美さるわたりことみが、脳卒中の後遺症で左足に麻痺まひが残った父親を介護するため、札幌の実家に戻る。父親との生活にストレスを感じながらも、「推し」に癒しを求める彼女の日常が描かれます。

河﨑 身近な世界を描いた現代劇というのは、私にとって初めての試みでした。しかも、ほぼひとつの家の中で完結するという。実はこれ、自分の経験を物語の中に残せるなら残したい、という思いから始まったものだったんです。

 先に私個人の事情をお話ししますと、私の父も12年前にくも膜下出血で倒れ、いわゆる寝たきりの状態に。今までの記憶も失くし、新しい記憶を積み重ねることもできなくなっています。父はそれまでなんでも自分でやってしまう人だったので、家族にとってはいきなり世界が180度変わりました。

——河﨑さんのご実家は酪農家で、ご自身も2019年に専業作家になるまでは羊の飼育をされていましたよね。その間、お父さんの介護もされていたんですね。

河﨑 そうなんです。父が倒れた時、お医者さんに「このまま植物状態になる」「長くないかもしれない」と言われ、ならば家で面倒を見ようと家族一致団結し、訪問診療や訪問看護の方の力をお借りしながら私も10年間、在宅介護をしてきました。

 幸いにして父の病状は徐々に改善し、いまでは顔見知りの人に対して安心した表情を見せたり、少しずつですが口から物を食べられるようにまでなりました。ただ、母の年齢のこともあり、さすがに家族の負担が大きくなったので、今年の8月に特別養護老人ホームに入りました。コロナ禍なのでなかなか父と面会はできないのですけれども、伝え聞く限りでは職員の方によくしていただいて、本人も快適に過ごしているようです。

 ……というのが、介護に関しての作者の現実的な状況です。とはいえもちろん、この小説はフィクションですので、登場人物たちとは家族の状況も価値観も違います。

——実際、河﨑家の状況と、小説内の猿渡家の状況はまったく違いますね。本作の主人公、琴美は5年前に母親を交通事故で亡くしています。父、義純よしずみは脳卒中の影響で、下半身に麻痺が残っている。人に頼ることが苦手な父はヘルパーさんを呼ぶのを嫌がり、「雪かきに来てくれないか」と言って琴美を札幌の実家に呼び戻すんですよね。

河﨑 ええ、そうです。まず、介護する側として自分とは違う価値観の人、介護される側としてうちの父とは違う状況の人をそれぞれ描こう、というのは決めていました。たとえば、ご本人やご家族によっては外部に助けを求めることに抵抗を覚える方もいらっしゃいますよね。そういう頑固なお父さんが子供を呼び寄せたいとなった時、最初に何を頼むのだろうかと考えたら、北海道の一戸建ての家なら雪かきだな、というイメージから物語を膨らませていきました。

——琴美は東京で特にやりたいことがあるわけでもなかったので、父の要望に応えて仕事を辞め、札幌に帰ってくる。親子仲が決定的に悪いわけではないけれども、琴美は父親の言葉や態度にしばしば傷つく。父親のために実家に戻ったのに「独身なのに家でダラダラして」などと言われていて、私だったらキレそうです(笑)。

河﨑 家族に対してはどうしても、相反する感情ってあると思うんです。東京から帰ってきてくれてありがたいという感謝の念と、傍にいたらいたで「この子ときたら」ともどかしく思う気持ちと。その両方を表に出してしまうのは、歳をとった父親としてはありがちかなと。とりわけ、つい兄弟姉妹と比較してしまう、などというのはよくありますよね。

——そう、琴美にはアメリカに住んでいる美紅みくという妹がいるんですよね。幼い頃から、美紅は優秀なのに琴美は駄目だ、といった空気を父親から感じている。そんな琴美と、一時帰国した美紅が介護に関してぶつかる場面もあります。

河﨑 実際に介護をされている方の事例をうかがうなかで、家族間でも介護に対する温度差はあって、それは当事者にとっては非常に大きな問題になるのだろうと感じました。娘から見た父親という視点だけでなく、兄弟をはじめとしたほかの家族への感情など、ひとつひとつ手探りで書きこんでいきました。

◆誰かを推せるって才能

——琴美は札幌でテレフォンオペレーターの仕事に就きますが、生活は単調です。そんな彼女の心の拠り所となるのが、女性アイドルグループに所属する18歳のゆなという女の子です。

河﨑 私には「推し」がいないんですが、推しがいる方がすごく羨ましくて。アイドル好きな方のお話をうかがったり、「推し活」をしている方のSNSを拝見したりして、本当に人生を楽しんでいるなと思いました。「次のライブを見るまでは死ねない」というパワーってすごいですよね。

 人を推せるというのは才能だと思うんです。だからこそ、琴美にはその才能でもって、辛い現実を生き抜いてほしいなと。

——SNSでのファン同士のやりとりの文面や、琴美の脳内でのオタク的な言葉遣いが実に軽妙で楽しいです。難しい状況もシリアスになりすぎずにやり過ごす強さも感じて。

河﨑 自分にはない感覚を表現する難しさはありましたが、疑似的に誰かを推す体験ができるという楽しさもありました。愛しているがゆえに運営にチクリと言いたくなる気持ちなんかは自分でも想像できますし。

——また、琴美は介護者同士が語り合う、ひまわりクラブに参加しますね。参加者それぞれが語る介護体験や悩みがリアルでした。

河﨑 在宅介護をしている家庭って、どうしてもその家族の中だけで世界が完結してしまいやすいんです。そんなガラパゴス状態の中で、誰かと少し話すだけで気持ちが安らぐところはあると思います。私の実家の周囲にはひまわりクラブのような集まりはなく、せいぜい同じような立場の近所のおばさんと愚痴を言いあう程度だったので、こういう場があればもっと気が休まっただろうなという憧れを反映させました。

 あと、介護の程度が当事者たちの幸福度を決めるわけではない、というのは書いておきたかったところです。たとえば、琴美のお父さんは排泄の介助の必要はないけれど、ひまわりクラブの他の参加者にはそうした介助をしている人もいる。でも、だから琴美の方が幸せだ、ということではありませんよね。それぞれの家庭の、介護する側、される側の大変さというのは他人と比べられるものではないので。

——琴美の心理に関して興味深かったのは、介護用品ショップの店員に慣れた様子で応対された時、親の介護を「よくあること」だと言われて不快に感じるというシーンです。

河﨑 ここは実体験に基づいて生まれたものですね。父親が倒れていつ亡くなってもおかしくないという状態で入院先に通っていた半年間は、家族みんな精神的にどん底でした。そんな中、ショッピングモールに行くと、周囲の人たちが楽しそうに買い物をしている。すごく狭いものの見方なのですが、その時「うちの父が死にかけているのになんでみんな笑っているのだろう」と不公平感を抱いたんです。もちろん、ショッピングモールで楽しそうにしている人にもそれぞれの事情があるだろうし、うちの父の病気は彼らにはまったく関係ありません。醜い感情だと分かっているし、自分でも認めたくなかったけれど、どうしても拭い去れないものがありました。

 もしもそうしたタイミングで他の人に「よくあること」みたいに言われたら、私はたぶん怒っていたと思います。実際にそんなこと言う人はいなかったですけれど。言われるタイミングによって、受け取り方って変わってくる。琴美が介護用品ショップでイラッとしたのは、そうしたタイミングだったんですよね。

——でもその後、ひまわりクラブに参加して、いろんな参加者の介護の話を聞いているうちに、気が楽になる。その変化が印象に残りました。そこには、彼女にとって介護が日常になっていったという部分もあるのでしょうか。

河﨑 そうですね。時間とのバランスはあるだろうと思います。家族の病気を受容する、反発したり否定したりしながら生活の中に組み込んでいくのはやっぱり時間がかかることですし。ひまわりクラブに参加すると決めたのは、琴美にとってよいタイミングだったんでしょう。

◆コロナ禍の介護事情

——作中ではコロナ禍の様子も描かれています。この小説を書き始めた時はまだコロナ禍になる前でしたよね。

河﨑 『小説トリッパー』での連載中にコロナ禍が始まったので、現実に合わせました。現代を舞台にしているのに、コロナに触れないのは不実だろうなと感じたんです。

 実際、介護の現場にもコロナは大きな影響を与えていますよね。デイサービスに通っていたのに、施設が閉鎖されて一時的に通えなくなったり、ひまわりクラブのような集まりもなくなったり。そうしたことが現実にたくさん起こっていたので、小説の中にも反映させました。

 琴美の場合、「推し活」にも変化があります。もともと地方民は追っかけをするにしてもすごく不利ですが、コロナ禍だとさらに動きが取れなくなってしまう。それはストレスになるだろうと。

——琴美が、同級生だったエイコちゃんと会う場面もリアルだなと思いました。マスクを着けている琴美の前にマスクなしのエイコちゃんがやってきて、「コロナなんて、風邪と同じ」と言い放つ。実際、コロナ禍で、いろんな人が少しずつ違う考えを持っているんだなと実感しましたが、河﨑さんもそうでしたか。

河﨑 そうですね。私はコロナ禍になった時は実家から離れて暮らしていたのですが、もし介護をしている時にコロナが流行していたらどうなっていたかなと考えるんです。コロナに関する考え方や捉え方、対処の仕方は人それぞれで、それは医療現場、介護現場でも同じです。医学的な正解はあるかもしれませんが、それで個々人の感情を規定したり、ましてや断罪することはできない。作中ではエイコちゃんを「脱マスク」の人としていますけれども、そのことの善悪ではなく、誰だって自分とは相容れない価値観の人はいる、ということを書きたかったんです。

——エイコちゃんは独善的なところがあって、琴美の意思を確認せずにマッチングアプリを勧めてきますよね。私は「また余計なことして」と思ったんですが(笑)、琴美はアプリを活用します。そして、アプリで出会った男性に親の介護をしていることを伝えたら、相手が引いてしまう。というか、琴美はそう感じてしまう。

河﨑 琴美も真剣に相手を探そうというのでなく、ちょっと息抜きで使ってみたかったんでしょうね。私はマッチングアプリを使ったことがないので、ああいう書き方でよかったのか分かりませんが……。

 ただ、周りの人に介護をしていると言うと「えー、偉いね」と言われながらも一歩距離を置かれるのは、私も経験があります。たとえ相手はそうは思っていないとしても、自分のほうが引け目を感じてしまう。

——そうした琴美の日常の変化も面白く読みました。父親の介護に関しては、琴美は、この先親の排泄の世話ができるかということも考えるようになりますが、ここは本当に自分ならどうだろう、と考えさせられました。

河﨑 子供ならオムツの期間はせいぜい数年ですが、親の介護の場合はそれが10年続くかもしれない。私自身、いつ終わるか分からないまま父親の排泄の処理をする日々はなかなか辛いものがありました。それに、田舎でデイサービスやショートステイをお願いすると、職員に自分の同級生や、同級生のお母さんがいるんです。最後は完全に割り切りましたが、最初は、同級生に自分の父の尻を拭かせるのかと葛藤がありました。そういった状況をリアルに想像した琴美が「嫌だ」と感じて、それなら施設に預けてしまったほうが心理的に楽だと考えたのは、正直な気持ちだろうと思います。

——介護される側の尊厳を傷つけないことも大切ですが、難しい部分もありますね。

河﨑 そうした問題もありますね。介護現場で父を赤ちゃん扱いする人がいて、私も最初は内心憤っていたんです。でも次第に「しょうがないな」と思うようになりまして。そう接していたほうが介護する側の気持ちが楽ならば、それでよいかもしれないな、と。家族としては悔しくはあるのですけれど、そうすることによって介護する側が落ちついて介護できるのであれば、そこは目をつぶろうと思いました。

 家庭内介護であっても仕事としての介護であっても、介護される対象のことを第一に考えねばならないのは大前提ですが、それでも、介護する側が何もかも捧げなければならないのか、ということは改めて考えなければいけないと思います。

◆介護に「Aランク」なんてない

——父親の意外な一面を知ったり、推し活に変化があったりと、いろんな意味で起伏のある日常が、淡々と、時にユーモアも交えて描かれて、暗くない。この読み心地はどのように意図されましたか。

河﨑 介護という致し方ない現実を抱えながら、どうやって生きていくのか。あまり悲観的にならず、むしろ読んでいてちょっと気持ちが上向きになるぐらいを目指したいな、という気持ちがありました。

 でも、介護をすると人生が豊かになる、とはやっぱり言えない。本当に大変なので、やらないに越したことはないと思います。もしプラスなことがあるとすれば、「投げ出さずにやることができた」という自己満足を得られることくらい。「やれることはやった」と思えるのは、介護者にとっては結構大きいことなんです。

 タイトルの『介護者D』は、主人公が、妹はずっと成績がAランクなのに自分はDランクだった、介護においても自分はDランクだと思っているところから発想したものですが、でも最後、Dプラスくらいには頑張っている、と思えるようになってほしいなと。

 ついでにいえば、介護にAランクってないと思うんです。どんなにお金をかけて最高の環境を用意して、本人の望みをすべて叶えたとしても、介護する側には絶対に後から「もう少しこうできたのではないか」「違う道があったのではないか」という後悔が生まれてしまう。だからといって自分で自分を責める必要はない。Bプラスが満点、くらいに考えればよいのではないでしょうか。

——実体験をベースにフィクションを書かれるうえで、意識したこと、注意したことはありましたか。

河﨑 実体験のなかからどんなことを抽出するかは慎重に取捨選択しました。現実に介護をしていると、本当に嫌なこと、理不尽なこと、悲しいことをたくさん経験するんです。それを100%投影したわけではないですし、ひとつひとつ程度や形を変えながら物語の中に織り込んでいきました。

 介護については、本当に各家庭によって事情が異なりますから、一般化することはできないですよね。たとえば男の人がお母さんの介護をする話だと、また違う辛さが出てくると思うんですよね。

——あ、確かに息子が母親を介護するとなるとまた違いそう……。

河﨑 その設定でと言われたら、もちろん書くことはできるでしょうが、今回よりももっと想像で書く部分の比率は上がるでしょうね。読んでみたいので、誰か書いてくれないでしょうか。私は今のところは「あー、介護について書くのはもういいや」という気持ちでいっぱいなので(笑)。

◆どん底状態から摑んだデビュー

——河﨑さんはもともと本が好きで、学生の頃から小説を書いていたけれど、「まだ人生経験が足りない」と思って一旦、執筆をやめたそうですね。そこから羊飼いとなり、30歳目前になって「そろそろ書くか」と再開されたとのことですが、そうしてある程度の年齢になるまで待ってよかったと思いますか。

河﨑 自分にとってはベストなタイミングだったのだろうと思っています。

 30歳手前で応募作を書いて北海道新聞さんに送って、その選考結果が出る直前に父が昏睡状態になったんです。「最終選考には残ったけれど今回は残念でした」という連絡を受けとったのは、父の介護が一番大変な時期でした。

 最終選考に残していただいたこと自体は嬉しかったのですけれど、落選の報にはやっぱりちょっと絶望しまして。私生活がそんな状態で、長年の夢も花咲かなくて、本当に打ちひしがれました。でもその時に、「たぶんこれは、ここから上がっていけということだ」と思ったんですよね。家の仕事と父の介護でてんやわんやの状態の間も、そう思いながら書き続けました。

——そうして2012年に「東陬遺事とうすういじ」で北海道新聞文学賞を受賞し、14年には『颶風ぐふうおう』で三浦綾子みうらあやこ文学賞を受賞して。『颶風の王』は北の地と馬と人間の、数世代にもわたる物語ですよね。そんな生活のなか、あの素晴らしい、重厚な長篇を書かれたのだなあと思って。

河﨑 そうですね、あれを書いた時がちょうどもっとも大変な時期でした。

——河﨑さんというと、北海道の歴史や自然を題材に大きな物語を描かれる方というイメージもあって、どれも詳細な記述が印象的です。

河﨑 学生時代のアルバイトでの経験が大きいのかもしれません。制作会社で官公庁の資料収集とアーカイブ化のお手伝いをしていたので、北海道の市町村の歴史資料に触れる機会が多かったんです。自分が暮らす土地にどんな歴史があり、そこにどれだけの人の苦労が刻まれているのか。「ここでこういうことがあったのか」「ここでこの産業が発展してこういう町になったのか」と、調べているうちにどんどん知識が繫がっていく感覚がありました。それがすごく面白かったし、そこに物語の種があったので、掘り下げていった感じです。

——『土にあがなう』なども北海道各地の産業を扱った短篇集で素晴らしかったですし。ただ、今後は北海道だけでなく、いろいろな場所を舞台にして書いていきたいそうですね。

河﨑 そうですね。これまでは介護がありましたし、羊も飼っていたのでなかなか家を空けられなかったのですが、思い切って実家を出て、専業作家にもなったので、これからは取材にもどんどん出向こうと。さっそく行こうと思っていた矢先にコロナ禍が始まったので、まだ実現できてはいないんですけど。

——初期の頃から的確で簡潔な描写や硬質な文体が魅力でしたが、どこで文章力を磨いたのでしょうか。

河﨑 自分では分からないですね……。いろんなところで中島敦なかじまあつしが好きだと言っていますが、彼の文体を意識的に取り入れたということもないですし。単に私が、文体でぶん殴ることが好きなのかもしれません。

——文体でぶん殴る?

河﨑 私は読み手として「握力の強い」文章が好きなんですよね。特別な言葉を使っているわけではないのに、引きずり込まれることってあるじゃないですか。自分が書く時も、自然とそういうものを目標にしている気がします。

——執筆の際、ぱーっと書いてから推敲するのか、1文1文じっくり生み出していくのか、どういう感じですか。

河﨑 作品によってですね。たとえば『介護者D』や『絞め殺しの樹』はわりとサクサク書き進められた気がします。特に『絞め殺しの樹』は、あらかじめ舞台となる根室の当時の状況などを大摑みに頭に入れてから一気に書き上げ、後から実際のデータと照らし合わせて細かく調整していくスタイルだったので。

 悩みながら進めているのは、今とりかかっている書き下ろしです。書きながら調べものをしているので、いつもよりだいぶ時間がかかっています。私は書き手としてのスタンスに波があるので、今たまたまそういう時期なだけかもしれませんが。

 いずれにせよ、スランプやストレスを無理に解消しようとすると余計うまくいかなくなるので、なるべく気にせず、朝決まった時間に起きて、決まった時間にご飯を食べて、決まった時間に散歩に行って寝る、というのを心掛けています。そうしたフィジカルに健康でいられるようなルールを課していれば、なにかあった時にも「体は大丈夫なはずだ」と思えるので。

——河﨑さんは安定しているイメージがあったのですが、波があるんですね。

河﨑 はい、「今日はもういいや、猫を抱っこして寝よう」みたいな時期もしっかりあります。今はちょうどその波が来ているので、生温かく見守っていただけましたら(笑)。

河﨑さんポートレート撮影:深野未季


プロフィール

河﨑秋子(かわさき・あきこ)
1979年北海道別海町生まれ。2012年「東陬遺事」で第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞し、16年同作でJRA賞馬事文化賞を受賞。19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞、20年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞を受賞。22年『絞め殺しの樹』で第167回直木賞候補。同年9月、最新刊『介護者D』刊行。

『介護者D』河﨑秋子・著/朝日新聞出版

私は介護者「D」ランクなのだろうか――。
東京で派遣社員として働く30歳の琴美。父親の体調のため札幌へ戻ることを決意したが、慣れない父子生活、同級生との差異に戸惑う。
現代的な問題を軸に描く著者の新境地。

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