藤井太洋「オーグメンテッド・スカイ」 はじまりのことば
iPhoneのミュージックライブラリには、絶対に起きなければいけない時に鳴らすために、荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」が入っている。
イントロの、深いリバーブのかかった「アイラブユー」を聞けば、私は二秒で覚醒できるからだ。十五歳の春、奄美大島から鹿児島市の外れにある高校に入学した私は、寮に入り、本作の生徒たちと同じように、集団生活と縦社会を叩き込まれた。「ダンシング・ヒーロー」は、入寮してから一ヶ月の間、十五歳の少年たちを再プログラミングするために使われた、起床の曲なのだ。
同じ部屋で異なる学年の生徒が生活して、上下関係に立脚した自治を行うような寮は、三十五年前でも珍しい存在だった。士官学校の寮を模したような風習は、当時でも批判されていた。
そんな、小説の舞台としてはエキセントリックすぎる経験をふとZoom会議で漏らしたところ、編集者の目が輝いた。
「藤井さん、それで書きましょうよ」
「面白くなりますか?」と聞き返していた時には遅かった。寮で過ごした三年間と友人、先輩、後輩たちの顔が浮かび上がってしまった。今、彼らが寮にいたらどう過ごしているだろうか。
スマホとタブレットが日常のものになった今、インターネットが世界を変えて、ジャパン・アズ・ナンバーワンという声が歴史の遺物になった今。新型コロナウイルスによって日常が変わってしまった今、もしもあの寮にいたなら、一度しかない青春のとば口で何を考え、何に打ち込んでいただろう。
「オーグメンテッド・スカイ」はそんな物語です。ぜひともお付き合いくださいませ。
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