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透明ランナー|『異端の鳥』&『マルケータ・ラザロヴァー』――無限の想像力に酔いしれる3時間

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 こんにちは。あなたの代わりに観てくる透明ランナーです。
 先日このツイートが目に入った瞬間、私は嬉しくて叫び声を上げてしまいました。ヴァーツラフ・マルホウル監督の映画『異端の鳥』(2019、チェコ、スロヴァキア、ウクライナ合作)が、2022年8月5日(金)からAmazonプライムビデオ見放題となりました。私が近年観た映画の中で最も忘れがたく、強烈に心に残った作品のひとつです。

 映画化不可能と言われていたポーランド出身の小説家イェジー・コシンスキ(1933-1991)の「The Painted Bird」を原作とし、マルホウルが構想から10年以上かけて映像化しました。舞台は東欧のどこか。両親と離れて疎開した少年は、預かり先の叔母の死で行き場を失い、1人で流浪の旅に出ることになります。行く先々で彼を“異物”とみなす人々から残酷な仕打ちを受けながらも、なんとか生き延びようとあらゆる手段を尽くしてもがき続ける、終わりのない旅の様子が描かれます。

 時を同じくして、現在もう1本のチェコ(当時チェコスロヴァキア)映画が上映されています。1967年に製作され、55年の歳月を経て日本公開に至った『マルケータ・ラザロヴァー』です。チェコ・ヌーヴェルヴァーグの巨匠フランチシェク・ヴラーチル監督が手掛け、こちらも映像化不可能と言われていたチェコの国民的作家ヴラジスラフ・ヴァンチュラの同名小説を原作としています。チェコ映画史上最高傑作と称されることも多い作品です。

 舞台は13世紀半ばのボヘミア王国。修道女となることを約束されていた少女マルケータ・ラザロヴァーは、領主の父と敵対する盗賊の息子ミコラーシュと恋に落ちます。しかし彼女の思いとは裏腹に部族間の衝突は激化していきます。中世のリアリティを再現しようとするヴラーチルの執念により、衣装や武器などの小道具が当時と同じ素材・方法で作成され、出演者やスタッフは極寒の山奥で当時と同じような生活を送りながら、およそ1年半にもわたる撮影が行われました。

 両者はともに東欧、モノクロ、著名な小説の映画化、3時間近い上映時間という共通点があり、『異端の鳥』には『マルケータ・ラザロヴァー』を参照したシーンもあります。しかし本質的な類似点はそういった形式的な要素にとどまるものではありません。

 映画好きはそれぞれのオールタイム・ベストを持っています。何千本も映画を観てきた映画仲間たちはそれぞれ独自の基準で自分の胸の中に大切な映画を抱えています。私にとってその基準はたったひとつ、「想像力をどれだけ拡張しているか」です。小説・詩・音楽などに比べ、映画は具体的に映像でイメージが示されるため、想像力を広げる余地が比較的少ない芸術様式であると言えます。それにもかかわらず真に傑出した映画は製作者が無限の想像力をもって新たな世界を作り出し、鑑賞者もそれに応えて自身の中でさらに想像力を膨らませることができます。
 『異端の鳥』と『マルケータ・ラザロヴァー』は圧倒的な物語性と映像美を誇り、まさに無限の想像力を私たちに見せてくれる作品です。


「The Painted Bird」

 『異端の鳥』の原作者イェジー・コシンスキは1933年ポーランドでユダヤ系の両親のもとに生まれ、第二次世界大戦後は米国に移住して活動しました。1965年に発表した「The Painted Bird」は主人公の少年の身に降りかかる苦難の描写があまりに苛酷だったため、賛否両論を巻き起こしました[1]。

 「The Painted Bird」というタイトルは、ペンキを塗られた鳥が仲間の群れに戻ろうと空へ舞いあがっていくと、仲間たちはその鳥を異端とみなし、寄ってたかってつついて殺してしまうというエピソードから採られています。

 レッフはその鳥を放すようにと合図した。解放された鳥は、喜び勇んで、雲を背にして空高く虹色の点となって舞いあがり、待ちかまえている茶色の群れのなかに飛びこんだ。一瞬、鳥の群れは戸惑いを覚えたようだ。ペンキを塗った鳥は、群れの端から端へと飛びまわり、自分も仲間だということを説得しようとむだな努力を続ける。しかし、その派手な色にどぎまぎした仲間たちは、納得がいかない様子で、その鳥のまわりを飛んだ。ペンキ塗りの鳥は、群れの隊列に加わろうと必死になればなるほど、しだいに遠くへ遠くへと追いやられていってしまう。そして、群れから一羽一羽と激しい攻撃を加えるものがあらわれるのが見えた。まもなく、カラフルな一羽は空に居場所を失い、地上に落下したのだった。ペンキ塗りの鳥を見つけたとき、それは、たいがい事切れていた。

イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』(2011年、松籟社、西成彦訳)P.64[2]

 複数の監督が「The Painted Bird」の映画化を試みて交渉しましたが、生前のコシンスキはけして首を縦に振りませんでした(映画化できるのはルイス・ブニュエルとフェデリコ・フェリーニだけだと言ったともいわれています)。マルホウルは2008年に映画化を構想してから、誰もが不可能だと思った権利者の説得に長い時間をかけました。

 権利者との面談で「なぜこの本を映画化したいのか」と尋ねられた彼は、「この本は私たちの人生で最も大切なもの、つまり希望と愛を訴えているのだ」と答えました。マルホウルは「彼らはこの本は暴力と残虐性を描いているのだと考えていたのでしょう。しかし私にとってはそうではありません。この本における暴力や戦争はフレームであって画ではないのです。この本は残虐さを描いていますが、人間性を希求しているのです」と語っています[3]。

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