2023年注目の華文ミステリ大集合! ビブリオバトル完全レポート
ゲストに作家の三津田信三先生と大倉崇裕先生、北京在住の翻訳家・阿井幸作先生をお招きして2023年2月15日に開催されたオンラインイベント「新春!華文ミステリビブリオバトル」。
華文ミステリ(中国語圏出身・在住の作家によるミステリ小説)の翻訳に力を入れる文藝春秋・ハーパーBOOKS・行舟文化の三社合同イベントとして、各社担当編集者が23年刊行予定のイチオシ新刊をプレゼンバトル形式で紹介、先生方に「最も読みたくなった一冊」を選んでいただきました!
盛況に終わったイベントの模様を抄録でお届けします。
◆2022年の華文ミステリを振り返って
まずはイベント冒頭。ビブリオバトルに参加する各社編集者から、振り返りとしてそれぞれの2022年の華文ミステリ既刊作品が紹介されます。
三津田先生と大倉先生のおふたりには、最近面白かった華文ミステリについて語っていただきました。
2022年刊行作品
文藝春秋
『台北野球倶楽部の殺人』
『辮髪のシャーロック・ホームズ』
ハーパーBOOKS
『邪悪催眠師』
行舟文化
『大唐泥犁獄』
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三津田 最近読んで面白かったのは『台北野球倶楽部の殺人』です。これまでの島田荘司賞の受賞作とは作風が明らかに違いました。各章が短くて読みやすいにもかかわらず、ちゃんと作品の世界観をしっかり描き上げている。派手さはないけれども手堅く書かれていて、トリックも自然で無理がない。かなり力量のある作家だと思いました。ただタイトルは「野球」を前面に押し出していますが、ここは「鉄道」をアピールした方が良かったような気がします。そうしたら鉄ちゃんにも売れたのではないかと(笑)。
大倉 刊行から時間は経っていますが、紫金陳の『知能犯之罠』がとても面白かったです。言うなれば「社会派倒叙」で、注目したいのは倒叙ミステリ(主に犯人側の視点から物語が描かれるミステリ)として「脱・コロンボ」を成し遂げていることなんですよ。我々の文化圏で倒叙をやろうとすると、『刑事コロンボ』が絶対に抜け出せない呪縛のように存在するんですよね。作る上でも、評価する上でも『コロンボ』との比較を意識してしまいがちです。その影響がないところから、やろうとしていることは新鮮で深い、でもまごうことなき倒叙だという作品が出てきた。著者ご本人がどこまでジャンルを意識しているかはわからないですが。その後、『邪悪催眠師』も読んで「これは凄いな」と。去年読んだそれらにとても感銘を受けました。
それと、中国語圏でのミステリとの関わりで言うと、脚本を担当した『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』が向こうでも公開されていまして、人づてに聞いた限りではとても好評とのことで、ネットを介して「とても良かった」と伝えてくれた現地のファンの方もいらっしゃいました。ミステリに国境は関係ないんだな、と実感しています。
◆行舟文化のイチオシ新刊①
『知能犯の時空トリック』(紫金陳)
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!
「倫理観も正義感もゼロの探偵役」
主人公である捜査班のリーダー・高棟さんの警察小説の主人公らしからぬキャラ造形が魅力的です。何の正義感も警察官としての情熱もない、政治の合間に捜査をしているような人物なんですね。彼の関心はもっぱら、奥さんのお父さんの七光りで得た現在のポストを守り、さらに出世を重ねることにしかないので、たとえば「なるほど、これは巧妙に事故に見せかけた殺人だな……でも、犯人が逮捕できないまま第二の殺人が起こったとなると上層部もいい顔しないから、ここはいったん事故ってことで処理しちゃおっか」なんてことが平気でできてしまう。保身のためなら隠蔽も捏造も脅迫も情報操作も何でも来いという人なんです。
ただ、このシリーズが面白いのは、そんなキャラクターなのに作者は彼を必要以上に悪辣にも、無能にも描いていないところです。優秀な捜査官としての一面はしっかりと書かれている。そのあたりの警察の描き方のアンビバレントさっていうのは、おそらくは作者の紫金陳さんが「警察」や「司法」というものに抱いている感情が反映されているのではないかと感じます。つまり、無能ではないと信じてるけど、政治のしがらみや圧力にがんじがらめにされていて必ずしも弱者の、市民の味方でいてはくれないじゃないかという諦念ですね。
だからこそ、この物語の犯人たちが起こす事件は、警察というものがフェアではなく、誰かが守られ得をしているなら、じゃあこっちもその歪みを利用させてもらって守られる側に回ってやるからなという意趣返し……一種、社会への復讐劇として語られる。そこに読者は暗いカタルシスを感じるわけです。
本作の犯人の犯行計画は、読者にもその全容が伏せられたまま、警察の捜査が進んでいくことを前提に、まるでチェスの対局のように一進一退、同時進行で進んでいきます。最後の最後まで「どんな犯罪計画だったのか」見通せないスリリングさも、本作の大きな魅力です。
前作『知能犯之罠』と主人公は共通していますが、こちらから読んでいただいてもネタバレなどはありませんのでご安心ください。
◆行舟文化のイチオシ新刊②
『蘭亭序之謎』(唐隠)
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!①
「あまりにも互いを信用してない男女バディもの」
本作は男女バディもので、玄静さんの事件捜査の旅に「訳アリなんですね、お供しますよ」とついてきてくれる、物腰柔らかでちょっと軽薄な優男の崔淼さんという人が相棒になるんですが、実は彼はある人から玄静さんを見張るよう命じられたスパイなんです。
面白いのは、玄静さんは名探偵なので早々に「あれ? こいつなんか怪しくないか?」と勘づくわけです。さらに崔淼さんもなかなか推理力がある人で「あ、こいつ俺がスパイだって気づいてやがるな」と察するんです。
その状態で、「ここで私がみんなの前でこう言えば、あいつはこっちの真意を分かって動いてくれるよな」だとか「ここらであいつは動き出すだろうから、先手を打ってこういう工作をしておくか」と、腹の読み合いをしながら旅を続けていくという、非常に風変わりなホームズ&ワトソンなんです。
もちろん、互いに「こいつは賢いし、こういうところは好感持てるし、心底から悪い奴ではないな」みたいなある種の信頼・好意はずっと描かれてるんですけど、それはそれとしてずーっと主人公二人が腹芸を仕掛け合っている。なかなか聞いたことのない男女バディだと思います。
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!②
「『蘭亭序』という魅力的な題材」
そもそも『蘭亭序』の謎、ってテーマが面白いんです。
『蘭亭序』とは、中国史上最高の書道の天才といわれた王羲之の、中でも最高傑作と言われながら真筆は現存しない、謎の多い作品です。のちの太宗・李世民がその書を愛するあまり「俺が死んだら一緒にお墓に埋めて!」と遺言し、どうやら実際に埋葬されたようなのですが、のちに墓陵の発掘調査をおこなっても出てこなかった曰くがあり、誰かが墓を暴いて盗み出したんじゃないかとか、本当は埋められていなくてのちの世に則天武后が持ち出したのだとか、すごいのだと「『蘭亭序』なんて書は最初からなかった」なんて珍説まであるそうです。
本作では主人公たちが、死んだ大臣の残した暗号にいざなわれて王羲之とその一族に因縁ある土地を巡り、最後には歴代数百年にわたって時の権力者たちが欺き、あるいは欺かれた『蘭亭序』の真実が明らかになるわけなんですが、これがめちゃくちゃ面白いホワイダニットになってるんです。中国史や書道にそこまで興味を持ってこなかった人にも、楽しんでいただける作品だと思います。
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プレゼン後には、『蘭亭序之謎』の著者・唐隠先生からのビデオメッセージが公開されました。
三津田 大倉さんが紹介された『知能犯之罠』は、かなりリーダビリティがあって僕も引き込まれました。『知能犯の時空トリック』はその続編で、しかも設定はこちらの方がより面白そうなので、これが授賞でいいかなと考えたんですけど(笑)。
僕は『大唐泥犁獄』の玄奘と逃亡奴隷のバディが非常に好きで、(同じく唐代を舞台にした)『蘭亭序之謎』では男女バディと聞いて、これも読みたいと思いました。二冊とも興味を惹かれます。
大倉 「知能犯~」シリーズはプレゼンにもあった通り、道徳観・倫理観といった面で我々が考えるような警察官像とはちょっとかけ離れた主人公が、しかし優秀な捜査官として登場する、それだけで楽しめる作品ですし、『蘭亭序之謎』も作者ご本人のお話を聞いて、俄然興味が出てきました。お互いを信用していない男女バディものって、想像がつかないんですよね。それも含めて楽しみですね。
――阿井先生は「知能犯~」シリーズの訳者でもいらっしゃいます。
阿井 やっぱり訳していて楽しいですよね。「こいつ、ひどい奴だな」と思いながらも(笑)。探偵役の高棟の、出世と保身への執着が意図せぬところで良い結果をもたらしたりもするんですね。「そんなことしてマスコミに叩かれたらどうするんだ」と言ってやったことが結果的に被害者を救ったりとか。
それから、中国では一時期、『ダ・ヴィンチ・コード』(中国語タイトルは達・芬奇密碼)のように歴史上の謎を解き明かすのが主眼の「謎(密碼)本」とでも呼ぶべきミステリが増えたんですよね。「大唐懸疑録」シリーズもそのひとつで、原作が『蘭亭序密碼』などのタイトルなので、単なる便乗本なのかなと思ったら、読んでみるとどれも作者の豊富な知見と研究に基づいた大作で。ただ、こういった作品を翻訳するのは立原透耶先生も大変だっただろうなと思います。
◆ハーパーBOOKSのイチオシ新刊『七つの罪(仮)』(周浩暉)
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!
「骨太の警察小説×江戸川乱歩」
このシリーズでは催眠術が主題なので荒唐無稽な話なのかと思いきや、主人公の羅飛たち刑事の、「足で稼ぐ」式の泥臭い捜査が緻密に描かれていて警察小説としても非常に楽しめる作品です。一方で、怪奇的な事件が起こりおどろおどろしい死に方が描かれるところなどは、初読して「乱歩みたい!」と思いました。
そして本作は、人の欲望の醜さを鮮烈に見せつけてくる作品でもあります。それも、決して悪人ではない「普通の人」が持つ傲慢さとか見栄、猜疑心といったものを描き出しているところが素晴らしいと思います。
本作は三部作の二作目ですが、最終作も2024年の刊行が既に決定しているので、皆さん安心してついてきてください(笑)。
最後に、阿井さんに質問です。去年、前作『邪悪催眠師』の読書会を開いたときに読者の方から「こんなに一冊の本に何人も催眠術師が出てくるなんて、中国にはそんなにたくさん催眠術師が居るんですか?」と訊かれたのですが、どうなのでしょうか?
――指名がありました。こちらでも、訳者を務めた阿井先生からも紹介・解説をお願いします。
阿井 「中国にはそんなに催眠術師がたくさん居るのか」という質問への答えとしては、まぁ居ないんですけれど(笑)。調べてみると、カウンセリングの一環に催眠を採用しているクリニックなどはあるようですが、ここまで催眠術というガジェットに傾倒しているのがこのシリーズ独自の特色です。
この作品では催眠術が、人を死にさえいざなえる恐ろしい能力として扱われますが、「そんなの持ち出したら何でもありじゃん」と思いきや、発動にはルールがあると明示されるんですね。例えば「催眠でも自分の意思に反した行動は取らせられない」といったような。自殺したいと思っていない人に「自殺しろ」と命じても意味がない。だから、「どのような催眠をかければ人を殺せるか」という仕掛けが凝らされます。そしてもちろん、「なぜわざわざそんな殺し方をしたのか」の謎もあるわけです。前作では、謎めいた不審死事件が続いたのちにネット上に催眠師による犯行声明と予告が公開され、捜査を率いる羅飛が中国屈指の催眠師と言われる人物に協力を仰ぎ、ともに事件を追うことになります。
二作目となる本作は前回の事件から半年後、再び異様な不審死が多発します。二件目の事件など、男性が読んだら「痛い!」と声を上げてしまうような死に方をしています。事件の背後に催眠師の影を見出した羅飛は、その人物に会いに行くのですが、彼は果たして敵か味方か――という筋書きで、かなりスケールの大きな作品だった前作とは打って変わって、人間の心理、弱さにスポットを当てたような作品になっています。
三津田 「トリックは催眠術でした」で、終わりではないですよね? そこには謎が用意されているんですよね? 派手な犯行を重ねる劇場型の犯罪者と捜査官の戦いを描く作品ということで、「リンカーン・ライム」シリーズを連想しました。骨太の警察小説と江戸川乱歩の世界というのは、ある意味相反するものなので、そこが逆に面白いかなと。僕は常々、起きている事件はめちゃくちゃホラーなんだけど、それを警察がまじめに捜査するような小説を、ぜひ誰か書いてくれないかなと思っていたので、本書にも期待したいです。
大倉 シリーズ一作目の『邪悪催眠師』はとても楽しく読んだので、もう二作目が出ると聞いて待ち遠しい限りです。前作はどこか『怪奇大作戦』っぽいところがあったりしてマニア心をくすぐられる作品で、先ほど乱歩の名前が出て、なるほどなと思いました。三部作だと初めて知ったので、急かすつもりはないですが三作目も楽しみにしています。
◆文藝春秋のイチオシ新刊①
『幽霊ホテルからの手紙』(蔡駿)
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!
「ホラーの王様、でも思った以上にミステリ」
蔡駿さんは総発行部数1500万部を超え、映像化も多数という人気作家です。「中国サスペンス小説の第一人者」「中国のスティーヴン・キング」と呼ばれ、ご本人もキングのファンで作中でもたびたび言及されています。英語をはじめ世界中で翻訳されていますが、長編の日本語訳は本作が初めてとなります。
本作のキモは「手紙文」です。単なる幽霊屋敷ものではない、非常に精緻な仕掛けが施された作品です。
本作は三部構成になっており、周旋が幽霊客桟に到着して以降の物語は第二部として、あらすじの通り彼からの手紙の形で描かれます。そこで語られるのは周旋が体験した数々の恐ろしい出来事や、いかにも訳ありらしい従業員と滞在客たち。そして唯一、彼が好感を持っていた客の女子大生が海で行方不明になり、周旋の身にも危機が迫る――というところで第二部は終わって「恐怖小説」と題された第三部が始まるのですが、そこで驚愕のどんでん返しが炸裂するのです。
主人公の心理描写や女性の描き方、異形のロケーションの情景描写がホラーとして巧みなのはもちろん、徐々に真相に迫っていくストーリー展開やラストの仕掛けが非常にミステリ的で、ホラーとしてもミステリとしても楽しめる「一粒で二度おいしい」作品となっています。
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プレゼン後には、訳者の舩山むつみ先生(ビデオ出演)による解説もいただきました。
◆文藝春秋のイチオシ新刊②
『DV8』(紀蔚然)
担当編集が語る、この作品のここがスゴイ!
「台湾版ネオ・ハードボイルド」
主人公の呉誠は著名な劇作家で大学教授でもあったのですが、前作『台北プライベートアイ』で、奥さんに逃げられ、悪い酒の飲み方をして芝居の仲間ともトラブルを起こしたことでほとほと自分に嫌気がさし、世捨て人を気取って台北の街はずれで探偵事務所を開きます。
劇作家で大学教授というプロフィールは作者の紀蔚然さんと重なるもので、多分に作者自身を投影したキャラクターです。そして呉誠は、若い頃からパニック障害や鬱病に苦しめられているなど弱さを抱えた人物でもあり、ネオ・ハードボイルド的な主人公でもあります。
一般にネオ・ハードボイルドは、初期のハードボイルドに見られる強くて非情で内面を明かさない主人公とは一味違った、いろいろな個性を持ったキャラクターが探偵役をつとめる作品と言われています。
たとえばマイクル・リューインのアルバート・サムスンは、お酒も煙草もやらず、暴力にも訴えないという、タフガイのイメージとは異なる普通人の探偵です。
去年、そのリューインの新作『父親たちにまつわる疑問』の書評を若林踏さんが週刊新潮に書いていらして、その中で、宮部みゆきさんの「杉村三郎シリーズ」の主人公はアルバート・サムスンに触発されて生み出されたキャラクターだと指摘されています。
紀蔚然さんは日本人作家のミステリをたくさん読んでいて、中でも一番好きなのが宮部さんだとおっしゃっています。本シリーズも宮部作品の影響を受けているかもしれません。というわけで、全国の宮部みゆきファンの皆様にはぜひ「台北プライベートアイ」シリーズを読んでいただきたいですし、また、ごく少数とは思いますが『台北プライベートアイ』は読んだけど宮部さんの「杉村三郎」シリーズを読んだことがないという方は、今すぐシリーズ第一作『誰か』からお読みいただくことをお勧めいたします。
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著者・紀蔚然先生からのビデオメッセージも紹介されました。
三津田 『幽霊ホテルからの手紙』に関して――古典的な怪奇小説というのはテキスト要素が非常に強くて、その最たるものが「手紙」になります。そういう意味でも、とても古典に忠実な作品なのだろうと感じられて嬉しくなりました。しかもメタ要素のある作品で、ホラーでありミステリでもあると知って、僕の好みに100%合っています(笑)。荒俣さんのご説明も非常にお上手で、まざまざと舞台の情景が浮かぶようでした。
大倉 最近あちこちで言っているのですが私は怖い話が苦手で、三津田さんを前にして恐縮なんですけど(笑)、怖い話を読むと寝る時思い出しちゃったりして。子供の頃からミステリの何が好きかって、作中で起こる怖いことが怖いままで終わらなくて、名探偵がパッと解決してくれる安心感なんですね。ただ、最近怖い話も読むようになってきて「怖いもの見たさ」の魅力を少しはわかってきたので、『幽霊ホテルからの手紙』、楽しみな作品なのですが……今のプレゼンを聞いただけでもう怖いんですよ。今日のお風呂ちょっと怖いなと(笑)。
『DV8』も、前作『台北プライベートアイ』が好みだったので楽しみにしていますが、場所が移ると聞いてびっくりしました。舞台はずっと台北なのかと思ってましたから。淡水という街は存じ上げなかったので、そのあたりも気になりますね。
◆飛び入りゲスト・陸秋槎先生登場
各社編集者のプレゼンが終了し、先生方がそれぞれ「最も読みたくなった一冊」を選考する間、阿井先生からこんな質問が投げかけられました。
阿井 中国ミステリ界の新世代として、日本でも活躍している陸秋槎さんの作品を読んで「僕も書いてみよう」と志した若い作家さんを何人か見つけまして。今後、「陸秋槎チルドレン」が潮流の一つとして台頭してくるかもしれません。
今回、プレゼンで紹介された大陸の作家、紫金陳・周浩暉・蔡駿のお三方はいずれも2000年代から作品を発表しているベテランですが、彼らが道を切り開いたあとは、さらに若い世代の作家たちも紹介していければと訳者としては思っています。
ところで皆さんは、「華文ミステリ」と聞いてどんなイメージを持っていますか? また、期待しているところはありますか?
三津田 僕はそこまで分けて考えていなくて、「海外ミステリ」として読んでいます。ただやっぱり、僕が中高生くらいの頃は海外ミステリと言えば英米のものが中心で、そこにたまにフランスの作品が入ってくるくらいで、「英米の作品は論理的で、フランスの作品はそれに比べて心理的だな」くらいのイメージで海外ミステリを読んでいましたが、その後、北欧だとかいろいろな国のミステリが入ってきて幅広い作品が日本語で読めるようになった。そして今、やっと中国語圏の作品もこうやって読めるようになったんだなという感慨はあります。アジアの、こんな近い国なのに。だから、多様な海外のミステリの一つ、という位置づけで「華文ミステリだからここに期待する」「華文ミステリはこうでなければいけない」なんてことは思っていません。
大倉 三津田さんがおっしゃったことがすべてだと思います。ただ、たとえ同じ題材を扱っても国によって変わってくることはあると思うんですね。解決の仕方やキャラクターの描き方とか。そういう意味で、これまであまり翻訳されてこなかった国の新しいミステリには期待しかないですよね。
(配信のチャット欄に、リスナーとしてご参加いただいていた舩山むつみ先生から「『華文ミステリ』と一括りにはできないほど、中国語圏にも様々な個性豊かな書き手がいて多様なジャンルが書かれているのだけれど、まだ日本の読者にそれが伝わりきっていないと感じる」とのコメントがあり)
行舟・菊池 それこそ陸秋槎先生のように、日本のミステリがお好きで明確にその影響下にある作品を書かれている人もいるし、「本土化」なんて言葉があって、「単なるよその国の作品の引き写しじゃない、中国ならではのミステリを書きたい」と志向する作家さんもいらっしゃいます。そして、その「中国ならでは」というところも、中国の現代社会を批評的に描いたり、あるいは風水や呪術といったエキゾチックで伝統的な文化を扱ったりと、目指すところは書き手によって様々です。
文春・荒俣 台湾で島田荘司推理小説賞(2008年~)が始まったとき、島田さんがなぜオファーを引き受けたのかと言えば、やはり自分たちの書いたミステリが台湾や中国で翻訳されて、その影響を受けた書き手がたくさんいることを知って、それに応えなければならないという使命感を持ったのが大きな理由だそうです。そういう形で国際交流ができるんだという気づきですね。
――ここで、リスナーとしてご参加いただいていた陸秋槎先生が飛び入りで出演してくださるそうです。陸先生は今月(2月)21日に最新作『ガーンズバック変換』を刊行予定で、同作は書き下ろしを含む日本オリジナル短編集です。また、それ以外にも新刊の初出し情報があるそうです。陸先生、お願いします。
陸 ミステリの書き下ろし新作が今年の、おそらく秋には早川書房から刊行される予定です。1930年代の中国の地方都市を舞台に、女性の私立探偵を主人公にした――先ほどの荒俣さんのプレゼンから言葉をお借りすればネオ・ハードボイルドです。今年は、私も大好きな作家であるロス・マクドナルドの没後40周年にあたる年なので、彼に捧げる作品と思って書いた長編です。
先に出る『ガーンズバック変換』は短編集で、いくつかの収録作品は日本を舞台にしています。訳者のひとりは今いらっしゃっている阿井さんです。素晴らしい翻訳をしてくださいました。表題作は香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」を題材にした短編ですが、内容から「反日作家」と言われてしまうかもしれません(笑)。
阿井 まあ、あの条例は日本国内でも多くの批判を呼びましたからね。
陸 先ほど阿井さんがおっしゃっていた「陸秋槎チルドレン」ですが、ここ何年かで商業デビューした白月系さん(『積木花園』が第七回島田荘司賞優秀賞)や凌小霊さん(『隨機死亡』が同じく第七回島田賞で最終候補、陸先生の復旦大学推理協会の後輩でもある)といった、私より少し下の世代の何人かの作家は、確かに私と同じように日本のミステリやその他サブカルチャーが好きで、作風も近いかもしれません。でもそれが私の影響だと言うなら、私が書いたものを読んで『なんだ、こんなものなら自分でも書けるよ』と思ったという意味じゃないでしょうか(笑)。いつか彼らを本格的に日本に紹介したいですね。
◆各先生の講評
三津田先生、大倉先生、阿井先生のお三方に「最も読みたくなった一冊」を、それぞれ「三津田賞」「大倉賞」「阿井賞」として発表していただきました。
【三津田賞】『幽霊ホテルからの手紙』
とにかく早く読みたいですね。期待のあまり、話したいことはすべて文春・荒俣さんのプレゼンの時に喋ってしまいました。
【大倉賞】『七つの罪(仮)』
『邪悪催眠師』が好きだったというのもあります。あのなんとも不思議な――催眠術師が何人も立ち現れ跋扈する、何かパラレルワールドめいた不思議な作品世界をもう一度体験できるのが楽しみです。
【阿井賞】『蘭亭序之謎』
発表を聞いていて、作品に込められた作者の想いと、翻訳者の大変さも伝わってきたので応援したいですね。
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!