初小説『誕生日の雨傘』刊行! 柊子(女優)×若松節朗(監督)対談――書くことが演じることに、演じることが書くことに繋がる
■「小説家」柊子の佇まいがする
――お二人は、2008年に若松監督が演出されたテレビドラマ『太陽と海の教室』の頃からのお付き合いだそうですね?
柊子 『太陽と海の教室』のオーディションでお会いした時だから、私が16歳の頃からお世話になっています。
若松 柊ちゃん――いつもそう呼んでいるんだけど、柊ちゃんとはそれからずっと付き合いが続いているよね。
柊子 監督は覚えていらっしゃるか分かりませんが、『太陽と海の教室』で私の役名「荒井奈美」をつけてくれたのは、実は監督なんです。「ニュー・ウェーブ」、「荒い波」、この二つの意味合いから「荒井奈美」という役名をいただきました。
若松 ア行の名前だと、最初にクレジットされたりして目立つでしょう? 自分が「わかまつ」のワ行で、学生時代はそのことで損したこともあったからね。柊ちゃんはキャストのなかでも一番年齢が下だったから、そういう意味でも気にかけていたんだと思う。
柊子 すごく嬉しかったのを覚えています。監督って織田裕二さんや佐藤浩市さん、渡辺謙さんたちのような主役級の俳優さんたちだけじゃなく、私たちのような比較的小さな役柄の役者たちにも同じように接してくださるんですよね。「きょうも元気?」とか気にかけて下さって。私だけじゃなく、俳優部全体に同じ明るさで接してくれる。そういう監督ってたくさんはいらっしゃらないんじゃないかと思うんです。だから若松監督って、私にとっては太陽みたいな存在というか。みんなに同じ量の陽を注いでくれるので。
若松 現場が上手くまわるように、そこは演出してるのよ(笑)。
ところで、きょう会ってすぐに気づいたんだけど、いつもと雰囲気がずいぶん違うよね。普段は控えめというか、どこか自信な気な感じがするんだけど、今はなんだか自信に満ちている感じがして。なんと言ったらいいのか、「小説家」って感じがするな。
柊子 そこは私も演出しているんですよ(笑)。今日は自分の本のプロモーションなので。
若松 女優の柊子とも、プライベートの柊ちゃんとも違う、僕にとって新鮮な顔や表情なんだよね。やっぱり、今回書いた小説に自信があるからなんじゃないかな。産みの苦労はあったろうけど、自信がきっとそうさせてるんだね。
柊子 初めて書いた小説で、もちろん不安はあるんです。ただ、一文字一文字、真剣に向き合って書いた大切な作品ですし、それだけじゃなく、編集さんだったり一緒に作って下さった人たちがいるので、いつもみたいに背中を丸めているわけにはいかないなと思うんです。胸を張って、一生懸命書きました、読んでくださいって、そういう姿勢でいなきゃという気持ちではいます。
若松 いつもと違う柊ちゃんを見ることができてとても嬉しいな。
柊子 正直言って、今の私の女優業の立ち位置では、監督と対談させてもらえる機会なんてないと思うんです。今日はこうやって本が出るということで、この場を設けていただけたので大事にしなくちゃ、と。
■ 中高生にも、働く女性にも読んでもらいたい
若松 それで肝心の本のことだけど、まず、タイトルのつけ方が上手いよね。表題作にもなっている1篇目「誕生日の雨傘」もそうだし、2篇目の「じゃない方のマスカラ」や「鏡の中のあめ玉」だったり、ありそうでないタイトルというか。タイトルを見ただけで、どんな話だろうって読者の興味を惹くと思う。
柊子 「じゃない方のマスカラ」は、学校のなかで目立っている人気者のそばにいる、あの子「じゃない方」の女の子が主人公で、マスカラはその子が使うキー・アイテムなんです。
若松 その着眼点はとても柊ちゃんらしいよね。スポットライトの当たらない方にも目を配れる。
柊子 私自身がスポットライトの当たる学校生活を送っている方ではなかったので、そういう女の子たちの気持ちに寄り添いたかったという思いはあります。
若松 この本は、1篇目が14歳の中学生が主人公で、2篇目は18歳の高校生、3篇目が25歳、最後の4篇目は30歳の働く女性というふうに、色んな年代の女の子、女性たちが主人公として登場する面白い構成になっているけど、書き始める前からそう決めていたの?
柊子 最初に、1篇目の「誕生日の雨傘」という中学生の女の子たちの物語を書いたんです。その時はまだ、その先の構想は全くありませんでした。その後、社会がコロナの時代に突入したので、1篇目の女の子たちが大人になって、今の社会で働くようになった時の話を書いてみようということになったんです。そうしたら次は、中学時代と社会人の間の彼女たちを描いてみたいと思って、高校生の頃のことを書きました。ならば最後は、今の自分と同じ30代になった時の彼女たちを、という風にどんどん膨らんでいきました。
若松 中高生たちが読んだら、今の自分たちのことはもちろん、将来の自分たちのことまで想像できる。これはなかなか良い構成だと思うな。
柊子 監督にそう言っていただけて嬉しいです。
仰っていただいたように、いま学校生活を送っている女の子たちはもちろんですけど、私と同じ世代の、働く女性たちにも是非読んでもらいたいですね。思い返すと、学生時代って学校生活での人間関係の悩みが本当に大きかった。その時は私自身、すごく思い詰めたりもしたんですけど、大人になるにつれてそういう感情って忘れていきますよね。それはそれで良いと思うんです。ただ、この本を読むことで、当時の自分たちの感情を思い出して、そうだ、あんな苦しいこともあったな、それでも今までなんとかやってこられた。悩みは尽きないかもしれないけれど、この先もきっと、これまでと同じようになんとかやっていけるんじゃないか、そんな風に思ってもらえたら、とても嬉しいです。
若松 たしかに、この本には、柊ちゃんのそういう繊細な心遣いや息遣いが宿っているように思う。そういう小説って最近、稀なんじゃないかな。
■ 小説と演技の相互作用が生まれる
若松 僕は小説を読むと、頭の中で勝手に映像が動き出すというか、遊びだす感じがあるんだけど、柊ちゃんはこの作品を書きながら、女優として、登場人物たちをどう演じようかと考えたりはしたの?
柊子 どう演じようかというか、台詞は演じるように口に出しながら書いたりはしました。他の作家さんもそうかもしれませんが。
初めて小説に挑戦してみて感じたことは、書くことが自分のお芝居に上手く作用してくれれば良いなということでした。俳優って、台本に書いてあることを表現するわけですけど、小説を書いてみて分かったのは、書かれていない部分が本当にたくさんあるんだということでした。なぜ、登場人物がこの台詞を言うのか、ひとつひとつにたくさん悩みましたし、その上で書かないことを決めたこともたくさんあったんです。だからこれから役者として台本を演じる時は、これまで以上に一つ一つの台詞に対して深く考えられる気がしています。
若松 僕もドラマを作る時は、登場人物の音楽や洋服の趣味だったり、背景や歴史を必ず考えるんです。それは最終的に映像には出てこないかもしれないけれど、それらを考えているうちに、キャラクターが自分の中で自然に動いていくんだよね。
柊子 私も小説を書く時に、そこはすごく考えました。この人はどういう服を着るのか、どういうご飯を食べたら元気が出るのか、とか。自分がこれまで演じる時には、そこまでの深掘りはできていなかったと思うんです。
若松 いいねぇ。小説を書いたことによって、これから女優としてもっとずっと期待できるね。書くことで演技の幅が広がって、演じることで書くことの幅もまた広がっていく。今日は、これまでとまた違う柊ちゃんを見られて本当に嬉しい。これからも二刀流で頑張っていってください。
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