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千葉ともこ×新川帆立│私たちはこうして作家になった――【後篇】デビューしていま思うこと

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『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞しデビュー、2022年5月には第二作となる『たいてん』を刊行した千葉ともこさんと、『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『元彼の遺言状』、さらに今年5月に刊行された『競争の番人』が立て続けにドラマ化されたことでも話題の新川帆立さん。おふたりは小説教室の同門で、2020年に同年デビューを果たしました。
 実際にデビューした後、おふたりがいま感じていることとは――。

撮影:深野未季

◆選考会の日は、受賞をイメージしながら待っていた

新川 受賞の知らせが来た時は、本当に驚きました。選考会の日は、これはもう徳を積むしかないと思って、山に籠って写経してたんです(笑)。神奈川県の大山の、神社で。そうしたら電波の状態が悪くて、担当編集者からの電話が取れないという事態になっちゃった。受賞祈願して写経してます、なんて話してたら切れちゃって。とにかくガチガチに緊張して、何分すべてが初めてだったので、右も左もわからないでいました。

千葉 私のほうは、清張賞の最終候補に残った時は、同門ですでにデビューしていたなりさんに選考会前後のことを聞いて、イメージトレーニングをしていましたね。自分が受賞した時のイメージを強く持って、それが現実のことであると確信できるくらいに(笑)。私は公務員だったので、上司への根回しが重要でした。受賞がマスコミで報じられるより前に報告しないといけないから、報告書とか必要な書類を作成しておきました。日本文学振興会から電話があって、受賞と聞いてびっくりはしたけれど、用意していたので慌てることなく、イメージどおりに進められました。

 その前にオールの最終に残った時は、まだイメトレをしていなかったので、手ぬるかったかな。最終選考まで残ったら、絶対に受賞できると思ってたんです。私、粘着質で(笑)、候補になった短編はもう八十回くらい読み直しました。才能のある人、持ってる人はすぐデビューできるけど、自分はそうじゃないんだから、八十回くらい読み直す。そこまでやらないとデビューできないけど、そこまでやったから神様はデビューさせてくれるだろうと思っていました。自分でも気に入っていた作品だし。だからそれで落ちたというのは、やっぱりショックが大きかったですね。

 それで落選通知の電話で十五分以上、編集者と話したんです。自分がどういうものを書きたいか、将来どういう作家になりたいか、プレゼンしました。もう絶対離さない、食らいついていくという気持ちで。ここで縁が切れて一生デビューできない、というのは嫌でした。そしてその編集者も、最後まで聞いてくれましたよ。さすがにしつこかったかなと思いましたけど、教室の人たちから、落選の電話でもすぐに切ったらだめだよ、電話をかけてきた編集者と会う約束を取り付けて次につなげるようにと後から聞かされて、あれで良かったんだと安心しました(笑)。

◆いま頑張っている人に、アドバイスをするなら

新川 作家を目指すなら、とにかく書く! これに尽きるなと思います。書いてないのに作家になりたい、みたいな方もいらっしゃいますが、それでは一生作家にはなれないだろうと思います。
 
 そして書く時は、自分の作品は現代の人が読むに値するのか、という視点を必ず持つ。私が見てきた投稿者の中で、小説はうまいのにミスしている人は、たいていそこが問題です。ご自身が好きなテーマを書いてもいい。でもそのテーマで、現代の読者と重なる部分はあるのか、読者に訴えるものはあるのか、そして忙しい読者が時間を割く価値があるのか、そういう視点は大事かなと。偉そうですが(笑)。

千葉 私はデビューしましたけど、まだ単行本は二作しか出していないし、作家を目指していた時と心境は変わらないです。だからアドバイスというより、一緒に頑張っていこう、書いていこうという気持ちが強いですね。オール新人賞で落選した時の選評で、かどよしのぶさんに「胸を張って書き続けてください」と言っていただいたのがすごく大きくて。私も何回投稿しても一次も通らない時期があって、自己肯定感を削られたことがありました。そういう時、ほかの人に対して負の方向に圧力をかけたり、マウントを取りに行ったりすると、よりデビューから遠ざかってしまう。だから自分をしっかり持って、というのを門井さんに教えられました。自分の山の頂上を目指して、ひたすらまっすぐ走っていくしかないと思います。

新川 新刊の『戴天』に、山での競走のシーンがありますよね。あれ、新人賞を目指している時と重なりました。

千葉 それを思って書いたの!

新川 やっぱりそうなんだ! 競走の最中に倒れている人のところに駆け寄るシーンで、人を助ける暇があったら走りなさいよ、と普通は思うけど、でも立ち止まって手を差し伸べる。あの感覚は、投稿時代に一緒に新人賞を目指していた仲間同士でも感じたし、作家デビューしたいまも同じです。

千葉 よかったー、通じてた。アマチュア時代もプロになってからも、一緒に走っている仲間なんですよね。いま作家を目指してる人にも、手を取り合って一緒に走っている感覚はあります。

◆プロ作家としての日々

新川 プロになって感じたのは、読者が私の成長を待ってくれないということ。アマチュア時代は書けば書くほど上手くなっていって、ひたすら楽しかったです。それでどんどん応募して、デビューできた。いまも書くのは楽しいし、自分なりにここは上手くなった、とか思えることもあるし、その作業は楽しいんですよ。だけど自分はまだ成長過程で、いまはここまでしか書けないのに、それを世に出していかなければならないという思いもある。そんな作品が書店で、たとえば宮部さんの隣に並んでいるわけで(笑)。自分でも至らない点、不足している部分は分かっていながら、出版社と約束した刊行ペースを守らないといけないし、とにかく新作を出していかなければいけない。プロになってから急に、書きたいものと書けるもののギャップが苦しくなりましたね。

 もう少し時間をかければよくなるかもしれない、というのが常にありながら、どんどん〆切が来てしまう。〆切に間に合うようになんとか形にする、ということを繰り返していて、それでいいのかどうか悩ましいです。いま自分が書けるもので、約束の期日までにできるもので、なるべく質を上げる、というやり方になっています。

千葉 私の場合、プロになっていちばん変わったと感じたのは読者ができたこと。アマチュア時代は、完全に読者がゼロでした。でもデビューして、小説は書き手と読み手の共同作業だ、それで初めて小説は命を持つんだ、という感覚が湧きました。とくに二作目の『戴天』はその思いがすごく強くて、読者を楽しませたい、退屈させたくないという一心で書いていましたね。読者の存在が私を変えました。

新川 私も読者をすごく意識して書いているけれど、でも実際の読者の意見は見ないようにしています。エゴサはしません(笑)。読者の言ったとおりに書いて面白くなるものではなくて、読者の存在を意識するのと、読者の意見を取り入れるのは違いますよね。私は年齢も若いほうで、デビュー作が話題になったせいか、いろいろ言われるんです。言われてもできないことはできないから、ネットでの感想や評判はもう見ないようにしようと。

なにしろデビュー作『元彼の遺言状』は
「シリーズ累計80万部突破」という驚異的な人気作に

 でも読者からの手紙は素直に嬉しいですね。手紙をくれる人はよく読んでいてくれて、書いてよかったなと思います。

千葉 手紙は本当に嬉しい。エゴサはしないほうがいいと、私も編集者からアドバイスを受けました。ただ、厳しい批評のなかに、自分に必要な真実があったりもする。自分でも弱点だと思っているところや気づいていない盲点を的確に指摘してくるような。もちろん誹謗中傷とかセクハラもあるので、そういうのは一人で抱え込まずに、仲間や友人と共有しますね。

◆執筆時間はどう確保する?

新川 作家になってからの暮らしは、自分には向いているなと思います。生活のリズムとして、朝起きて、会社に行かなくていいというのが嬉しすぎて、絶対にやめたくないです(笑)。原稿を書いてお金をいただくということを、ずっと続けていたい。

 勤めていた時は、夜仕事から帰って八時ごろから四時間くらい書いて、あとは土日の執筆でした。専業になったからといって執筆量自体は増えていないけれど、インプットができるようになったのは大きいと思います。小説を書くのが楽しいので、それをずっとやっていられるのは幸せだなと思いますね。

千葉 私は県庁に勤めながら子育てもあって、毎日キチキチの二十四時間でした。公務優先なので、まるで砂金を集めるように隙間時間を集めて書いていました。八時に登庁してすぐ仕事。お昼休みは重要で、周囲は私が小説を書いているのを知らなかったから、駐車場の自分の車の中でおにぎり片手に書いたりしました。家に帰ってからは、子供が寝ている時間帯ですね。いまは明るい昼間、普通に人間が活動する時間に書けるのが嬉しい。

新川 デビュー前の千葉さんは、普通の人の三倍分くらいの人生を送っていたんですよ。いまは県庁を退職して少しゆとりができたようで、そばで見ている人間としてはちょっと安心しました。

千葉 新川さんには本当に感謝しているんですよ。去年、体調不良で家事も育児もできなくて、小説も一字も書けない。そんな時に、新川さんから「千葉さんはそこにいるだけで尊いんだから」と言ってもらって。だから書けました。

 とにかく小説を書く生活が夢だったので、この四月で専業になったのは嬉しいです。でも働いていて良かったことも多いんですよ。自分を育ててくれた、教えられたことも多いし、働いているからこそ見えてくるものもある。仕事も好きでしたね。

◆デビューの仲間として

新川 千葉さんを見ていて焦ることもあります。世の中の事情で、私はどうしてもスケジュール優先でやるしかないことが多いのに、千葉さんはじっくり磨きをかけて書いている。『戴天』を読んでそれを実感しました。私もじっくり書きたいけど、状況がそれを許さないので、ここ三年とか五年はひたすら書くのかな。そのあとにじっくり書くというのが、この先の目標としてあります。

千葉 早く書くことと、質を保つこととの兼ね合いが難しいですよね。私はデビューから二年で二冊しか出せていないことに、焦りを感じています。私は文春からデビューしましたけど、デビュー三作までは文春から出さないといけないというような縛りはないし、質優先でスケジュールありきではないし、他社との仕事も制限されずに自由にやらせていただいて、恵まれた環境ではあるのですが。

新川 同年デビューとして自分が焦ることもあるけど、でも刺激をいただいていて、本当にありがたいです。私が言うのもおこがましいけど、千葉さんは二作目ですごく上手くなった。文章も変わったし。一年でこんなに成長するものなのかと、刺激というより、すごいなと思いましたよ。

千葉 新川さんはキャラクターの作り方が上手だなぁと思います。まずその人物に対して負のイメージから始まって、次第に自分と近い感覚を入れこんでいって、最終的に読者を深い共感へ持っていく。読者を、周囲の人は嫌うかもしれないけれど、私はあなたのこと分かっているよ、という気持ちにさせるんです。今度、私もやってみよう。

新川 千葉さんはすべてのキャラクターに萌えポイントがありますよね。屈折やコンプレックスがあったり、親との関係が重たかったり。弱くて傷を負っていながらも、ひとり立って歩いていかなければならない、みたいなハードボイルド、冒険小説の読み味があります。 
 それと文章、すごく上手くなりましたけど、どうやって変えたんですか?

千葉 歴史的な正しさを第一に考えるのをやめてみました。新川さんは法律の専門家で、法律的な正しさを重視して書こうとしたら編集者に止められたんですよね。「遺言状」は法律的には「遺言」が正しいけど、一般読者にはなじまない、とか。私も歴史に詳しい人をがっかりさせたくなくて、なるべく当時の言葉に近づけようと一生懸命やったんですけど、編集者に違うと言われて、歴史と創作がぶつかった時には創作を取るべきだと気づきました。自分が書こうとしているのはエンターテインメント小説だというのを意識して、文章も漢語と和語のバランスを考えたり、漢字をかなにひらくとか、工夫しました。

新川 私は語彙を増やすために『オール讀物』特訓というのをやってます(笑)。毎月『オール』を丸ごと読んで、知らない言葉をメモして辞書を引く。ベテラン作家の作品は私が使わない言葉が多いので、勉強させてもらってます。

千葉 中国ものだと、難しい言葉はチャームポイントみたいな感じで、効果的に使わないと怪我をするなと思って。私はどちらかというと、平易な言葉を使ってうまい文章を書くということをどうやって身に付けるか、それが課題です。

新川 小説は噓でできているけど、噓は書けない、そういうものじゃないですか。作者が切実に思っていることしか書けない気がするんです。自分は関心がないことを、世の中で流行っているからといって無理に書く必要はないですよね。自分が大事だと思うことを書くのがいちばんだと思います。それに私も現代を生きている人間だから、その自分が切実に思っていることはきっと、なにか現代的で普遍的なことだとも思うんですよね。

千葉 むらやまさんがインタビューで、「人物の行動は経験がなくても書けるけれど、自分の内側にない未経験の感情は描けない」という趣旨のことを話していらしたんです。それがガツンと来ました。だから今回の『戴天』では、自分が感じたこと、自分にとって切実な問題―組織にいて感じた恐怖とか、それに立ち向かう勇気を書きました。

新川 いま書いている作品は、テーマを考えずにとりあえず書き始めたんですけど、書いているうちにこれは深いものがある、と気づく経験をしました。いままではこれがテーマだな、とあたりを付けて書いていたので、なにか作り物っぽかったけど、今回は、ここは面白そうだと興味を惹かれて丁寧に掘っていったら、出てきた。とりあえず書いてみるというのも大事ですね。テーマとして掲げていた時には見えなかったものが、書いているうちに見えてきて予想外なところにたどり着けたり。

千葉 私は書き続けていくと登場人物が教えてくれる、という経験をしました。書いていて登場人物に違和感があると、それは違うということなんですね。その段階ではまだ作品として出来上がってはいない。もっと登場人物の本質に自分から迫らないとダメなんだと。

 そして今回、ヒロインが「わたくしはあなたと一緒に走れる」と言うシーンがあるんですけど、私は自分が作家になって何をやりたかったのか、その言葉で初めて分かったんです。私の幼い時の読書体験というのは、孤独を感じてもひとりじゃない、本の中に居場所があるというものだったので、自分は作家になってそういうことをやりたかったんだな、と思い至りました。だれかにとっての居場所のひとつになれるような小説をこれからも目指したいですね。

[了]

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プロフィール

千葉ともこ(ちば・ともこ)
1979年、茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒業。2020年、中国・唐の時代を舞台に苛烈な運命に抗う兄妹を描いた『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞し、デビュー。22年5月に第二作となる『戴天』を刊行。
同作で第11回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。

新川帆立(しんかわ・ほたて)
1991年、米国テキサス州ダラス生まれ、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業、同法科大学院修了後、弁護士として勤務。2020年、『元彼の遺言状』で第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。同作は22年4月に、さらに新刊『競争の番人』も7月にフジテレビ「月9」枠でテレビドラマ化された。最新作は『先祖探偵』。


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