岩井圭也「われは熊楠」:第一章〈緑樹〉――紀州での目覚め
第一章 緑樹 和歌浦には爽やかな風が吹いていた。
梅雨の名残を一掃するような快晴であった。片男波の砂浜には漁網が広げられ、その横で壮年の漁師が煙管を使っている。和歌川河口に浮かぶ妹背山には夕刻の日差しが降りそそぎ、多宝塔を眩く照らしていた。
妹背山から二町ほどの距離に、不老橋という橋が架かっている。紀州徳川家が御旅所へ向かうための御成道として、三十数年前に建造されたものであった。弓なりに反った石橋で、勾欄には湯浅の名工の手によって見事な雲が彫られている。
その雲に、南方