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岩井圭也「われは熊楠」(*小説)

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奇人・才人、南方熊楠を語る言葉はたくさんある。しかし果たして、彼が生涯を賭して追い求めたものとは一体何だったのか⁉ 新鋭・岩井圭也が渾身の力で挑む、博物学者・南方熊楠のすべて。
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岩井圭也、南方熊楠に挑む! 博覧強記の才人が、生涯を賭して追い求めたものとは――…

「南方熊楠」の名を初めて聞いたのは、小学生の時だった。  私の両親は和歌山市の出身で、夏…

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岩井圭也「われは熊楠」:第六章〈紫花〉——終幕、そして

第六章 紫花 中屋敷町の邸宅の上には、今にも降り出しそうな分厚い雲がかかっていた。  湿…

岩井圭也「われは熊楠」:第五章〈風雪〉——天皇への御進講

第五章 風雪 和歌山の町の空を、黒灰色の雲が塞いでいる。一昨日から降りはじめた雨は昨日の…

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岩井圭也「われは熊楠」:第四章〈烈日〉——熊楠、父に

第四章 烈日 一九〇九(明治四十二)年の真夏。  田辺湾にある扇ヶ浜には、烈しい日差しが…

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岩井圭也「われは熊楠」:第三章〈幽谷〉――那智の深山へ

第三章 幽谷 那智山の麓、大門坂の入口近くに大阪屋という宿があった。宿のすぐ傍にそびえる…

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岩井圭也「われは熊楠」:第二章〈星火〉――熊楠ロンドン篇公開!

第二章 星火 夜の風が、二頭立ての馬車を追い抜いた。御者が冷気に首をすくめる。夏とはいえ…

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岩井圭也「われは熊楠」:第一章〈緑樹〉――紀州での目覚め

第一章 緑樹 和歌浦には爽やかな風が吹いていた。  梅雨の名残を一掃するような快晴であった。片男波の砂浜には漁網が広げられ、その横で壮年の漁師が煙管を使っている。和歌川河口に浮かぶ妹背山には夕刻の日差しが降りそそぎ、多宝塔を眩く照らしていた。  妹背山から二町ほどの距離に、不老橋という橋が架かっている。紀州徳川家が御旅所へ向かうための御成道として、三十数年前に建造されたものであった。弓なりに反った石橋で、勾欄には湯浅の名工の手によって見事な雲が彫られている。  その雲に、南方