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WEB別冊文藝春秋

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2023年10月の記事一覧

風景論へのノスタルジーではない眼差し――「風景論以後」展|透明ランナー

 それは2023年2月1日(水)のことでした。東京都写真美術館の2023年度のラインナップが発表され、それを眺めていた私は、ある展覧会の情報に目が留まりました。  えっ、風景論?! 風景論の展覧会が、今?!  この展覧会は5月頃「風景以降(仮)」から「風景論以後」へと名前を変え、7月に展示内容の詳細が発表されました。私はあまりに楽しみすぎて、ホームページをこまめにチェックしながら始まるのをずっと待っていました。  待ち望んだ風景論の展覧会は予想を遥かに超えているものでし

本を通じて〝憧れのあの人〟に会いに行く――ハナコ・秋山寛貴の愛読書

ところで、好きな本は何ですか? vol.1  この世にある本の量を大海とするならば、僕が読んだ本の数は雀の涙……いや、ししゃものくしゃみで飛び散るつばほどしかないがどうか聞いてほしい。  読書遍歴から紹介すべく記憶を遡ると、最初に読書にハマったのは小学生の頃読んだ『かいぞくポケット』。中学高校時代は続々と新刊が出ていた『ハリー・ポッター』シリーズを読んだり、その時々気になった小説をちらほらと読んでいた。父に薦められた星新一にハマったりもした。  高校を卒業し、お笑い芸人

【アーカイブ動画公開】新川帆立×秋谷りんこ〈デビュー作はこう磨け!〉公開打ち合わせ

 ※記事の下部「購読者限定エリア」にて アーカイブ動画がご覧頂けます。 ***   2023年4月25日〜7月17日に開催された日本最大級の投稿コンテスト「創作大賞2023」。 「別冊文藝春秋賞」については、特別審査員の新川帆立さんと編集部で選考し、白熱した議論ののち、「ナースの卯月に視えるもの」(秋谷りんこ)を選出致しました! ★デビュー作を世に送り出す上での極意★  受賞作「ナースの卯月に視えるもの」は、ブラッシュアップの後、電子小説誌『別冊文藝春秋』および「WE

「創作大賞2023」決定! 「別冊文藝春秋賞」は秋谷りんこさんに贈呈します

 2023年4月25日〜7月17日に開催された日本最大級の投稿コンテスト「創作大賞2023」。  エンタメ系電子小説誌『別冊文藝春秋』及び「WEB別冊文藝春秋」は、〈お仕事ミステリー小説〉に参加いたしました。  どれも読み応えのある作品ばかりで、編集部一同たいへん楽しく拝読しました!  たくさんのご応募、誠にありがとうございました。 『別冊文藝春秋』は、〈お仕事小説部門〉〈ミステリー小説部門〉の作品を拝読し、最終候補四作をセレクトしました。 ・「殺人小説の書き方」古池ね

岩井圭也「われは熊楠」:第二章〈星火〉――熊楠ロンドン篇公開!

第二章 星火 夜の風が、二頭立ての馬車を追い抜いた。御者が冷気に首をすくめる。夏とはいえロンドンの夜は冷える。冷たい石畳の道路に、男たちの話す声が漏れていた。ただしそれは日本語であり、白人の御者がその言葉を解すことはなかった。  明治二十六(一八九三)年夏、午後十時のことである。  ロンドン南西部、クラパム。路上に響く声の源は、道路に面した連棟住宅のうちの一戸であった。連棟住宅は隣戸と壁を共有しており、和風に言えば「長屋」といったところか。やや古びているが住み心地のよさそうな

一穂ミチが描く「愛」のかたち――〈はじまりのことば〉

 二年半ぶりに「はじまりのことば」を書くことになった。前作(『光のとこにいてね』)のスタート時には、おうち時間を言い訳に怠惰な動画視聴ライフを送り、肝心の小説がまったく捗らないという駄目っぷりを披露した。今現在のわたしは、おうち時間の期間などとうに明けたというのに、YouTubeプレミアムに加入し動画視聴が捗りまくっている。まるで成長していない……(by安西先生)どころの話ではない。バキ童チャンネルで人生が溶けていく。  それでも「書かせてください」と言ったのは自分なので書か

一穂ミチ・待望の新連載「アフター・ユー」#001

 青吾が帰った時、家の中は真っ暗だった。あいつ、きょう遅番やったっけ。電気をつけ、冷蔵庫の扉に貼ってあるカレンダーで多実のシフトを確認すると『旅行』と書いてあった。そうだ、きのうの朝早くから一泊旅行に出掛けていたんだった。「お土産、楽しみにしてて」と言い残していたから、何か買ってきてくれるつもりはあるのだろう。銘菓やご当地グッズの類か、それとも晩めしになりそうな特産品か。とりあえず『遅くなりそう?』とLINEを送ってから風呂に入った。  入浴後、ビール片手にスマホをチェックし

門井慶喜が「江戸時代の金融市場」に挑む!――〈はじまりのことば〉

 以下、金融の話である。なるべくわかりやすく説明したい。  江戸時代には、たとえば旗本の給料は米で支払われていた。8000石なら高給取り、200石ならまあまあ。10石以下なら貧乏旗本。  1石というのは兵士1人を1年間養うことのできる食糧というほどの意味の単位で、要するに米の量である。ところが旗本というのも人間なので、米ばかり食っているわけにもいかないし、こまごまとした日常の買いものもあるし、ときには外食だってしたい。  そういうものに対しては、彼らは銭、つまり貨幣を使用した

門井慶喜・新連載スタート!!「天下の値段 享保のデリバティブ」#001

序 紀州和歌山城中、二ノ丸御殿の一室でごろごろしていた新之助のもとに使いが来て、 「本丸に来い。いますぐ」  という父からの命を伝えたのは元禄9年(1696)夏の昼さがりだった。  新之助、13歳。 (暑い)  それしか考えられなかった。この年の和歌山は特に気温が高く、雨がふらず、そのくせ湿度の高い日がつづいている。  1日中、蒸し風呂にいるようである。蟬がうるさい。新之助は頭の芯まで溶けてしまって、正直、 (面倒な)  そう思ったが、しかしながら新之助の父はこの和歌山城の城

【㊗発売即重版!】ピアニスト・藤田真央さん初著作『指先から旅をする』

 ピアニスト・藤田真央さんによるエッセイ&語り下ろし連載「指先から旅をする」がこのたび本になりました。 弱冠24歳にして「世界のMAO」に 2019年、20歳で世界3大ピアノコンクールのひとつ、チャイコフスキー国際コンクールで第2位入賞。以降、世界のマエストロからラブコールを受け、数々の名門オーケストラとの共演を実現させてきた藤田さん。 現在はベルリンに拠点を移し、ヴェルビエ音楽祭、ルツェルン音楽祭といった欧州最高峰の舞台で観客を熱狂させています。 エッセイ&語り下ろし

今村翔吾「海を破る者」#024

見渡す限りの蒙古軍が海を埋め尽くしている。 これが最後の戦――六郎たちは決死の覚悟を新たにした。  江南軍の船が迫って来た。季長は素早く矢を番えて弓を引き絞る。 「大将を射抜いてやるわ」  季長の弓は並のものより弦を強く張っており、射程が長い。矢は見事に頭に命中したものの、兜に弾かれて宙を舞い、海へと落ちていった。季長は大袈裟な舌打ちを見舞い、 「固い兜じゃ」  と、はき捨てた。  蒙古軍の兜は、日ノ本のものとは大きく異なる。人が被る兜は重さに限界があるため、鉄の厚さはさほ

名作だらけ!“映画”との距離が近い多幸空間――山形国際ドキュメンタリー映画祭|透明ランナー

 山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)2023に行ってきました!  YIDFFは1989年に始まった、山形市内でドキュメンタリー映画を中心に上映する映画祭です。2年に一度開催され、2023年(10月5日(木)~12日(木))で第18回を迎えます。上映作品のクオリティもさることながら、毎回世界中から集まる豪華なゲスト、制作者と観客との距離が近い独特の雰囲気も含め、世界有数のドキュメンタリー映画祭としてその名を知られています。  私は以前からどうしてもYIDFFに行き

革命への道のりにあなたを誘う”嘘偽りのない”ファンタジー|多崎礼『レ―エンデ国物語』インタビュー

 伝説の騎士団長を父に持つ、お人形のように美しいお嬢様。彼女を守り抜くのは、孤高の射手——設定だけ聞けば、甘やかな「おとぎ話」に映るだろうか。だが彼らが身を投じるのは、策謀と裏切りが渦巻き、熱い血がしたたる生々しい「戦いの歴史」だ。 『レーエンデ国物語』は全5巻にわたって〝国の興り〟を描く壮大なクロニクル。今年6月に1巻が、8月にはさっそく2巻『レーエンデ国物語 月と太陽』が発売された。 「こんなに長くて暗くて重たい話、誰も求めていないんじゃないかと心配で。初版部数を聞いて、

朝倉かすみ「よむよむかたる」#008

喫茶シトロンの窓から店内を覗き込む若い女性。 安田が見咎めると、彼女は開き直ったように口を開いた。  七節で「ぼく」は三人のこぼしさまと話をする。彼らがなかなか姿を現わさなかったのは「ぼく」という人物を調べていたからだと知る。八節で時間は一年後に飛び、「ぼく」は就職を機に小山を正式に借りる。寝泊まりする小屋を建てるつもりである。さらに池も作りたいと小山の持ち主に申し出た返りがこの台詞だ。 「こいをかうんだな。こいはいいぞ」  マンマが読み上げると、クスクス笑いがさざ波のよう