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2023年8月の記事一覧

『オッペンハイマー』最速レビュー|クリストファー・ノーランは何に挑み、何を達成したのか【ネタバレなし】|透明ランナー

 観ました、観ましたよ、『オッペンハイマー』を!!  この興奮と衝撃を一刻も早くお伝えしたいのですが、しかし日本公開日も決まっていない段階では何を書いてもネタバレになってしまいそうです。うーん難しい。でもネタバレなしでも書けることはあるはず!  『オッペンハイマー』は初見ではすべてを理解することが難しい複雑な映画なので(まあノーランですし)、前提としていくつかのことを知っておくとより深く映画を楽しむことができます。  本作は3つの時間軸がパラレルに絡み合いながら進む構成

鬼才・小田雅久仁が産み落とした7つの悪夢|『禍』インタビュー

 2009年に『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビューを果たした小田雅久仁さんは、21年、実に9年ぶりとなる新刊『残月記』を刊行。同作は、第43回吉川英治文学新人賞と第43回日本SF大賞を射止めたのみならず、2022年本屋大賞で第7位となり、大きな話題を呼んだ。  それから二年弱。最新作『禍』は、緊張感のある文体で読者を〝心地よい不快感〟に誘い込む怪奇小説だ。11年に発表された「耳もぐり」のほか、『小説新潮』に掲載された短篇7作が収録されてい

今村翔吾「海を破る者」#023

「我が軍が抜かれれば、日ノ本は終わりだ」 夥しい数の江南軍の来襲に、六郎は最前線で戦うと意を決した。  江南軍が来た。繁と令那が旅立ってから四日後のことである。じわり、じわりと海を黒く染め上げつつ近付いて来る。島と海の見分けが付かぬほど、夥しい軍船の数であった。一艘、一艘が発する音はさほど大きくないだろうに、これほどの数となればやはり違う。海鳴りを彷彿とさせる不気味な音が陸にまで届いていた。その数、博多に来襲した蒙古軍の倍以上はあるかと思われた。軍兵は十万を下らぬだろう。

ブックガイドーー宇宙を知る~ビッグバンから太陽系まで|白石直人

 子供の頃、宇宙にロマンを感じ心躍らせた人は少なくないだろう。宇宙の実像は科学によって明らかにされてきている一方、謎もまだまだ残されている。この記事では、宇宙の始まりであるビッグバンから、我々の住む太陽系まで、宇宙について人類が明らかにしてきたことと残された謎を解説した本を見ていきたい。 ◆ビッグバン~宇宙の誕生 我々の住むこの宇宙は、138億年前のビッグバンによって誕生した。サイモン・シン・著『宇宙創成(上下)』(青木薫訳、新潮文庫)は、ビッグバン理論が確立するまでの科学

ピアニスト・藤田真央エッセイ #32〈帰国コンサート――先生の形見の燕尾服〉

 次の公演は東京芸術劇場だ。初めてこのホールで演奏したのは高校生のときのことだ。私が在籍していた東京音楽大学附属高等学校は年に一度、チャリティーコンサートをこの東京芸術劇場で行っている。オーケストラはもちろん、吹奏楽や室内楽、そして合唱などの演目があった。私はソロで《リスト:ハンガリー狂詩曲第2番》を弾いたり、《ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲》をオーケストラと一緒に演奏したりした。合唱の授業も取っていたため、数少ないテノールのパートの一員として歌ったりもしたのだ。

朝倉かすみ「よむよむかたる」#007

 安田は、今、市立小樽文学館に向かって歩いている。ちょうど図書館の前を通り過ぎたところだった。図書館でもどこかの部屋を借りられるかもしれないな、と思いつつスマホの地図アプリを見て、富岡一丁目の交差点を右折、と確認する。あとは真っ直ぐ行けばいいはずだ。  午後三時を過ぎていたので、隣家のサッちゃんにLINEした。店番をお願いしていたのだ。  隣家のサッちゃんは喫茶シトロンのスーパーサブだ。こうして安田が外出するときに喫茶業務をこなしてくれる。六十いくつの細身の女性で、誰彼かまわ

ピアニスト・藤田真央エッセイ #31〈久しぶりの帰国――ラハフとの連弾〉

 コンツェルトハウス管との共演後、久方ぶりに(といっても3ヶ月しか経っていないのだが)日本へ帰った。今はまだ“日本へ帰る”という感覚だが、いつか“ドイツへ帰る”と表現するようになるのだろうか。今回は若き天才指揮者、ラハフ・シャニがタクトを振るう舞台で《ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番》を弾く。オーケストラはロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団だ。ラハフと共演するのは今回が初めてだ。初めて彼と話したのは、2021年のスイスのヴェルビエ音楽祭で、私がモーツァルトのピアノ・ソナタ

頭の中に響く声——『ゴリラ裁判の日』に続いて『無限の月』が生まれた理由:須藤古都離

デビュー作が大きな話題を呼んだ頃、須藤さんの心を占めていたのは美しき「西湖」のことだった。そして、聴こえてきたのは――。 まだ存在しない人たちの声   小説を書くにあたって、有名な小説家の創作論を参考にしようと思ったことがある。そうして出会った英語圏の小説家たちの言葉の中に多く出て来る単語がvoiceだった。小説を書く上でvoiceが非常に重要だという。しかしそれを登場人物の声だと言う作家もいれば、作家自身の声だと言う者もいて、具体的なようでいて、どことなく曖昧な概念のよ

火災現場に残された"三人家族"の遺体。しかし三人は赤の他人だった――伊岡瞬、衝撃の新連載「追跡」に寄せる〈はじまりのことば〉

《目の前を、親子三人が仲良く手を繫ぎ、楽しそうに歩いてゆく》  こんな表現に、わたしは以前から疑問を抱いていた。  もう少しきつい言葉で言えば、それは小説として「手抜き」ではないかとすら思っていた(もちろん、自分自身が書いたものも含めて)。  たとえば、どうして「親子」だとわかるのか。手を繫いで歩いていれば親子なのか。血の繫がらない赤の他人かもしれないではないか。  たとえば、一見「楽しそう」かもしれないが、その先に何が待っているのか。〝最後の儀式〟の前に〝最後の晩餐〟を食べ

伊岡瞬「追跡」#001 

1 当日*  うだるような暑さとは、こういう日のことをいうのだろう。  二日前に梅雨明け宣言が発表された。  死んだ父親が口癖のように言っていたのを思い出す。  ——梅雨明け十日といって、この時期はきれいに晴れて容赦ない猛暑になる。  外を回ることが多いので、毎年この時期になると身をもって痛感する。  築島紀明巡査部長が、タオルハンカチで汗を拭いながら現場についたとき、すでに現場検証の山場は過ぎていた。  近所の住人から一一九番通報があったのは午前三時過ぎ、鎮火が約三時間後

岩井圭也、南方熊楠に挑む! 博覧強記の才人が、生涯を賭して追い求めたものとは――〈はじまりのことば〉

「南方熊楠」の名を初めて聞いたのは、小学生の時だった。  私の両親は和歌山市の出身で、夏や冬の長期休暇にはよく和歌山へ足を運んだ。大阪に住んでいた私は、妹と一緒に母が運転する車の後部座席に座り、ラジオを聴きながら和歌山へ到着するまでの時間を過ごした。  母方のお墓参りに行った帰り道、なにげなく民家の表札を見ていると、妙に「南方」の札が多いことに気が付いた。 「なんでこんな多いん」  母に尋ねても、明確な答えは返ってこなかった。代わりに、南方姓の有名人について教えてくれた。 「

岩井圭也「われは熊楠」:第一章〈緑樹〉――紀州での目覚め

第一章 緑樹 和歌浦には爽やかな風が吹いていた。  梅雨の名残を一掃するような快晴であった。片男波の砂浜には漁網が広げられ、その横で壮年の漁師が煙管を使っている。和歌川河口に浮かぶ妹背山には夕刻の日差しが降りそそぎ、多宝塔を眩く照らしていた。  妹背山から二町ほどの距離に、不老橋という橋が架かっている。紀州徳川家が御旅所へ向かうための御成道として、三十数年前に建造されたものであった。弓なりに反った石橋で、勾欄には湯浅の名工の手によって見事な雲が彫られている。  その雲に、南方

万城目学はなぜ16年ぶりに京都を書いたのか——『八月の御所グラウンド』ロングインタビュー

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イナダシュンスケ|ハンバーグ人生劇場③ 〜望郷編〜

第15回 ハンバーグ人生劇場③ 〜望郷編〜 現代の日本において、ハンバーグにはいくつかの系統が存在します。 まずメインストリームにあるのが、ふわふわしてジューシーなハンバーグ。ファミレスを中心に生存しており、それ以外でも、単にハンバーグといえば基本的にはこのタイプです。バリエーションとして、中心部にチーズが埋め込まれた「チーズインハンバーグ」も人気です。冷静に考えると意味的に少しおかしいような気がしますが、その語感の良さにはそれを押し切る勢いがあります。突っ込んだら負けです。