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2023年5月の記事一覧

ピアニスト・藤田真央エッセイ#25〈完璧な響きの中で――ベルリン・フィルハーモニー・デビュー〉

 ミラノの後はベルリンに帰り、4月1日のコンサートに向けて、ラフマニノフの《ピアノ協奏曲 第3番》の練習に集中した。《第3番》は演奏する機会が非常に多いが、何度弾こうとも緊張する。毎回楽譜を丁寧に読みこまないと、ラフマニノフが細かく記したフレージングや強弱を忘れて、自分の好きなように気持ちよく弾きがちなので、自分自身を戒めながら練習に取り組んだ。  リハーサルは公演前日の午前中で、GP(ゲネプロ:最終リハーサル)も同じ日の午後だという。本番の舞台上で初めてオーケストラの団員

ピアニスト・藤田真央エッセイ#24〈満員のコンセルトヘボウから、一転――ミラノのペペロンチーノが教えてくれたこと〉

 3月上旬のアムステルダム・コンセルトヘボウでの演奏会後はコロナに感染してしまい、自宅療養を余儀なくされた。2週間静養できたおかげですっかり快復し、さて次のコンサートはというと、今度はモーツァルトのピアノソナタ・リサイタル、場所は再びアムステルダム・コンセルトヘボウだった。  アムステルダムは昼と夜で完全に印象が変わる興味深い街だ。日中はカラフルな建物が目に鮮やかで可愛らしいが、夜はピンクや紫色のぎらぎらしたネオンが輝く。  前回の公演で訪れた際にも、ソワレ後の帰り道で激昂

苛烈な人生に翻弄される一人の男… 矢月秀作、新連載スタート!「桜虎の道」#001

プロローグ「今日もこの時間か……」  桜田は、街灯の明かりの下で腕時計に目を落とし、ため息をついた。  桜田哲が勤務する尾見司法書士事務所を出たのは、午前一時を回った頃だった。  任されていた不動産登記がなかなか仕上がらず、仕方なく残業していた。  ようやく一案件は書き終えたものの、まだ抱えている作成途中の書類は山積みだ。  まだまだ残業が続くのかと思い、再び、大きなため息がこぼれた。  鼻をずり落ちてきたメガネを指先で押し上げ、猫背でとぼとぼと夜道を歩く。  司法書士事務所

大前粟生「チワワ・シンドローム」#002

マッチングアプリで出会った三枝新太との 次の一歩を踏み出すべく、花火大会デートを取り付けた琴美。 当日、会場で新太を待つ琴美が見たものは…… 7 八月一九日、新卒採用の内定者が三十名決定した。高校生の時に自分たちで作り上げたサッカー部を県大会優勝に導いたという男子学生や、地域の図書館に子どもだけでなく大人までターゲットにした毎月の読み聞かせイベントの企画を持ち込み、時には著名なゲストを呼んで三年間運営したという女子学生など、今年の内定者は目を引く人が多かった。その中には、観

【全文無料公開中】大前粟生「チワワ・シンドローム」#001

全国800人に突然、チワワのピンバッジが付けられた―― 人事部で働く田井中琴美は YouTuberリリとともに、この”チワワテロ”を追うことに…… 1 田井中琴美は、学生たちが退室するやいなや、スマホを確認した。面接官として学生たちの話を聞いている最中にポケットの中のスマホが小さく震えたので、もしかしてと思ったのだ。LINEを確認すると、やっぱり、三枝新太からメッセージが来ていた。他の面接官たちの目を盗んで、返信を素早く打ち込む。  新太とはマッチングアプリで知り合った。

イナダシュンスケ|蘊蓄の悲哀

第12回 蘊蓄の悲哀 あらゆる飲食店は「一目置かれたい」と考えています。なぜなら同じ料理でも、一目置かれた状態で食べ始めるか、ただ漫然と食べ始めるかで、評価は全く違ってくるから。漫然と食べられると、最悪の場合、上から目線で妙なことをネットに書かれたりもします。少なくともそれだけは全力で避けねばならない。  一目置かれたいんだったら味そのもので勝負しろよ、というのは正論です。正論ですがそれは、酷というものでもあります。  かつては世の中にあまりおいしくないものがたくさんありま

2023年注目の華文ミステリ大集合! ビブリオバトル完全レポート

 ゲストに作家の三津田信三先生と大倉崇裕先生、北京在住の翻訳家・阿井幸作先生をお招きして2023年2月15日に開催されたオンラインイベント「新春!華文ミステリビブリオバトル」。  華文ミステリ(中国語圏出身・在住の作家によるミステリ小説)の翻訳に力を入れる文藝春秋・ハーパーBOOKS・行舟文化の三社合同イベントとして、各社担当編集者が23年刊行予定のイチオシ新刊をプレゼンバトル形式で紹介、先生方に「最も読みたくなった一冊」を選んでいただきました!  盛況に終わったイベントの模

料理家・今井真実さんのエッセイ連載がスタート! 第1回「心置きなくスパイスラーメン」

 第1回 心置きなくスパイスラーメン  数ヶ月に一度のヘアカット。行きつけの下北沢の美容院へ行く時は、平日の朝10時に予約すると決めている。小学生の子供の帰宅に充分間に合う時間だし、白髪を染めて髪を切ると、ちょうどお昼時に終わるからだ。 「最近美味しいお店ありました?」と美容師のYさんに聞いて、最新の情報を手に入れる。髪を綺麗にしてもらい、ランチをひとりで食べて帰るのが私の楽しみだった。  私は中学生の頃から「ひとりランチ」の食べ歩きをこよなく愛していた。美味しいものを