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2023年2月の記事一覧

ピアニスト・藤田真央エッセイ#20〈Toi toi toi!――NYカーネギーホール・デビューの日〉

 Toi toi toi!  私たち演奏家は舞台袖からステージへ一歩踏み出す際、この言葉で鼓舞される。ステージマネージャーや調律師からのこの言葉を合図にステージへのドアが開き、拍手を浴びながら歩き出すのだ。この光景は、音楽家であったら誰もが憧れ一度はその舞台で演奏したいと熱望するであろうカーネギーホールでも同じだった。  Toi toi toi……この言葉の意味を正確には理解していないが、おそらく「楽しんで」「頑張って」のような意味なのだろう。人様の目に触れるこのような連

「恵比寿映像祭2023」――映像表現の拡張可能性を問い続けるフェスティバル|透明ランナー

 私は毎年個人的に「美術展ベスト10」を作っていますが、普通に挙げると必ずランクインしてしまうので“殿堂入り”にしている展覧会があります。そのくらい大好きなのが「恵比寿映像祭」です。  「恵比寿映像祭」は2009年の第1回以来、毎年東京都写真美術館を中心に開催されている映像の祭典です。2023年で15回目を迎えます。展示、上映、ライヴ・パフォーマンス、トーク・セッションなど複数のイベントが行われ、常に映像表現の拡張可能性を問い続けています。美術館を飛び出し、恵比寿地区の複数

大木亜希子×今井真実――再出発を目指すシェフを救った、ステークアッシェ〈レシピ付き〉

読んで作って癒される 「マイ・ディア・キッチン」 作家・大木亜希子さん×料理家・今井真実さんの夢のコラボレーション! 料理小説「マイ・ディア・キッチン」第二話に登場するお料理は… ステークアッシェ ラストに今井さんによるレシピつき! マイ・ディア・キッチン第二話 目が覚めると、見慣れない天井が目に飛び込んできた。  窓からは朝の光が射し込み、鳥のさえずりが美しい。なんと穏やかな気配だろう。私の唸り声以外は。 「大丈夫? 怖い夢でも見たのかい?」  扉の向こうから優しい

「六本木クロッシング2022展」――日本の現代アートシーンを俯瞰するシリーズ展|透明ランナー

 ついに! 書きます! 六本木クロッシング展を!  六本木クロッシング展は、東京・六本木の森美術館で2004年から3年に一度開催されている現代アートのグループ展です。7回目となる「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(~2023年3月26日(日))では、4人のキュレーターがアーティストをそれぞれ推薦し、議論を交わしながら出展アーティストを決定していきました。今回は1940年代生まれから1990年代生まれまで、幅広い世代の作家22組の作品約120点が展示されています

新人賞W受賞の大型新人が放つ救済の物語はいかに生まれたのか? ――『わたしはあなたの涙になりたい』四季大雅インタビュー

 いま一冊のライトノベルがジャンルの枠を超えて話題を呼んでいる。二〇二二年七月の刊行以来、規格外のデビュー作として絶賛の声を集め、ライトノベルでは珍しい単巻完結の作品でありながら、『このライトノベルがすごい! 2023』で並みいる人気シリーズを押しのけて〈文庫部門3位〉〈総合新作部門1位〉を獲得。本作は、巨大な欠落を抱えた少年が歩む〝再生への旅路〟を情感豊かな筆致で描いた感動作であると同時に、「物語」という形式自体を小説の内側から真摯に問い直す問題作でもある。  体が徐々に

志村貴子先生が描く結珠と果遠――『光のとこにいてね』応援イラスト

 第168回直木賞候補、「キノベス!2023」第2位、2023年本屋大賞ノミネート! 一穂ミチ・著『光のとこにいてね』が話題です。  そんな本作を読んで、マンガ家・志村貴子さんが嬉しいメッセージ&イラストを寄せてくださいました。  主人公のふたり、結珠(左)と果遠(右)です!

朝倉かすみ「よむよむかたる」#004

老人たちの読書会で「読み」担当となった安田。 彼の音読に感極まったまちゃえさんは、亡き息子の思い出を語った  そうこうするうちに読む会では「〈おみとりさん〉はこぼしさまのマキ説」が敢然と打ち立てられた。「マキ」は、一族という意味らしい。会長の解釈と併せ、めでたく定説となった。  みんな、熱気で上気した頰を振り立てるようにして口々に「会長、最高」とオリジナル定説の確立をことほぎ、「この歳になってこんなにいい仲間に巡り合えるとは」とうっすら涙ぐんでは「読む会、最高」と乾杯するよ

川上弘美×一穂ミチ「ふたり」を描くときに宿るもの――『光のとこにいてね』刊行記念対談

◆唯一無二の関係性に惹かれる川上 『光のとこにいてね』、一日で読んじゃいました。「作者の方と対談するんだ」という気持ちでじっくり読もうと思っていたのに、二人がそれぞれどうなっていくのかが気になって、「どうなるの、これは……! 次、どうなるの?」と、じっくり文章を味わう間もなく、読みふけっちゃいました。  物語のラストは最初からイメージされていたんですか? 一穂 ありがとうございます。いえ、イメージはまったく。実は、自分でもどうなるのかな、と思いながら書いていました……。そも

朝倉かすみ「よむよむかたる」#003

一年ぶりに再開された〈坂の途中で本を読む会〉。 老人たちの熱心な姿を前にして、安田は……  坂の途中で本を読む会では、課題本をひとり二ページ見当で朗読し、その都度、皆で感想を述べ合う。そう美智留ノートに書いてあった。これが一ラウンドで、時間の許すかぎり何ラウンドでも繰り返すらしい。  課題本は「読む本」、朗読は「読み」と言い換えるのが定着していて、「読み」の順番は入会順。読む会では、オヤツ当番、読む本当番などさまざまな「当番」があるが、その持ち回り順はすべて入会順なのだそう

『イニシェリン島の精霊』――美しい孤島に訪れる奇妙な仲違い|透明ランナー

 私はあらすじが書けません。  冒頭であらすじを紹介し、監督や俳優の略歴に触れ、感想に入るというのがよくある映画評のパターンですが、本連載はそのような流れで書いたことはありません。映画は演出、撮影、音楽、編集など多種多様な要素の積み重ねであり、ストーリーを取り出してうまくまとめるのは非常に難しいことです。あらすじを書かないのではなく書けないのです。  たとえば前回の記事「『ピンク・クラウド』――未来を予言してしまった映画が描く限界状況の人間関係」ではあらすじっぽい部分は7

ブックガイドーー安全保障を考える|白石直人

 昨年はロシアによるウクライナ侵攻が発生した。東アジアでも、北朝鮮のミサイル発射は頻発しており、また台湾情勢も予断を許さない緊張した状況が続いている。そこで今回は、日本と世界の安全保障を考えるための本を見ていきたいと思う。 ◆安全保障を見る目  安全保障の基本を学ぶのであれば、冨澤暉・著『逆説の軍事論――平和を支える力の論理』(バジリコ)と千々和泰明・著『戦後日本の安全保障――日米同盟、憲法9条からNSCまで』(中央公論新社)の二冊は、コンパクトにまとまっており読みやすい

『ピンク・クラウド』――未来を予言してしまった映画が描く限界状況の人間関係|透明ランナー

 世界中で突如発生した正体不明のピンク色の雲、その空気を吸い込むと10秒で死に至る。人々はある瞬間を境に家から出られなくなり、突然新たな生活様式が始まる――。そんな世界を描いた映画『ピンク・クラウド』が、2023年1月27日(金)から公開となりました。    映画の冒頭で「2017年に脚本が書かれ、2019年に撮影された。現実との一致は偶然である」という文言が流れます。この映画は新型コロナウイルスのパンデミックの前に構想された物語なのです。2021年1月のサンダンス映画祭でワ

宇野碧|嵐の日に出逢ったものは

 初対面の人との会話は、あまり得意ではない。  相手の価値観や嗜好を何も知らない状態から始めるコミュニケーションは、私には高度すぎる。まずフレンドリーのさじ加減がわからない。もう少し親しげにした方がいいのか、距離感を保った方がいいのか。  どこまで自分の意見を述べればいいのか、これは踏み込みすぎた質問にあたるのか、かといって形式的な質問ばかりでもただ間を持たせるためだけに話しているみたいだし、等々。いつも考え惑いながら話す。「話す」「聞く」のバランスも難しい。いつ話を切り上げ