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2022年5月の記事一覧

Bar California スイカのソルティドッグ/西山健太郎

第三夜 スイカのソルティドッグ 那珂川の河畔に立ち並ぶ屋台の暖簾が薫風に吹かれ、気持ちよさそうに揺れている。  冬場から春先にかけて屋台の側面に掛けられる風除けのビニールカバーが取り払われ、屋台も夏の装いに様変わりしている。  肩身の狭い感じのおでん鍋とは対照的にガラス製のネタケースの中には、串物や牛タン・サガリといった肉類、トマトやキュウリ、グリーンアスパラやオクラといった野菜類が並び、敷き詰められた板氷が目にも涼しげだ。  肉が焼ける香ばしい香り、七輪から立ちのぼる炭の香

第三信「追跡の手がかり」(文・池内さん)

 ご無沙汰しております。池内です。  先日私は、ダニエル・デフォーが『ロビンソン・クルーソー』に隠した暗号について、冒険的な解釈を述べました。しかし、前回お伝えした観測記録は、あくまでもデフォー自身の人生や当時の時代背景といった「物語の外側」にある要素から推測したものに過ぎません。そこから得られた「仮説」を検証するためには、作中で綴られた言葉それ自体との整合性について考えてみる必要があるはずです。  そこで今回は『ロビンソン・クルーソー』の作中、物語の内側にある断片から、私の

イナダシュンスケのステージ、それが「季節のモダンインディアンコース」

第4回 料理はライブだ! 食に関する雑多な仕事をしています。  こうやって食にまつわる文章を書いたり、本や雑誌でレシピを発表したり、飲食店を企画したり運営したり、スーパーなどにも並ぶ商品を監修したり。  あまりに雑多すぎるので、各種プロフィールを作成していただく時は毎回のように、 「職業は何て書けばいいですか?」  と、聞かれます。しかしそんな時は必ず、 「『料理人』って書いてください」  と、即答します。  無節操にいろいろな仕事をお引き受けしているのは確かですが、やはり

ピアニスト・藤田真央 #05「わたしのプログラムづくり――理想の音を捜し求めて」

毎月語り下ろしでお届け! 連載「指先から旅をする」 ★毎月2回配信します★  2022年4月11日。ドイツへと旅立つ直前に、東京オペラシティ コンサートホールでのリサイタルの機会に恵まれました。  オペラシティで1月19日に行ったリサイタルの反響が良かったそうで、アンコール公演が決まったのです。  全二部構成、5曲のプログラムの中で、わたしが核に据えたかったのは、ブラームスの《主題と変奏 ニ短調 Op.18b》。 この曲は初演と変わらず第二部に据え、第一部を大きく変えて

コンテンツ&イベント

■ピックアップ● 【アーカイブ公開中】浅倉秋成さんがエッセイのセオリーを大公開! YouTubeライブでお届け ● 「図書館の魔女」高田大介、新連載スタート! 『エディシオン・クリティーク』 ● Bプラスで満点、それが介護――河﨑秋子が紡いだ等身大の家族の物語 ● 大前粟生「サウナとシャツさん、ふつうの男」 ● 【週1でお届け!】透明ランナーのアート&シネマレビュー ■イベント情報● 【アーカイブ公開中】浅倉秋成さんがエッセイのセオリーを大公開! YouTubeライ

文・谷津矢車「スピッツの仔」──愛を叫ぶ #02

 仕事机の後ろにあるごついスチール製本棚には「神棚」とでも呼ぶべきスペースがある。  小川洋子『密やかな結晶』、天野純希『桃山ビート・トライブ』、バリッコ『海の上のピアニスト』、本多孝好『MISSING』、シェイクスピア『リア王』、凪良ゆう『流浪の月』といった、大好きすぎて何度も何度も読み返している本が脈絡もへったくれもなく並んでいる処なのだが、そんな一角にひときわ異様な存在感を放つ本が差してある。  実にヘンテコな本である。  この本は実測で約150×150mmの正方形。

著者最高傑作・誕生! 木下昌輝『孤剣の涯て』第一章を全文公開

 木下昌輝さんの最新作『孤剣の涯て』が、5/10(火)にいよいよ刊行されます!  『宇喜多の捨て嫁』で鮮烈なデビューを飾って以降、歴史作家のフロントランナーとして活躍中の木下さん。『孤剣の涯て』は、そんな木下さんが新たな代表作を生み出すべくして書き上げた、入魂の一作です。  本作の主人公は、宮本武蔵。直木賞候補にもなった『敵の名は、武蔵』など、これまでも木下作品に武蔵は何度も登場して来ましたが、今回の武蔵は、いわゆる「剣豪」像とはどこか違うようです。戦国の世が終わり、”時

小川哲、初の自伝的青春小説「walk」――短篇読み切りでお届けします!

#001 walk  かつて、ブックファーストが巨大すぎて言葉を失った人間がいた。僕だ。  山手通りから文化村通りに出た僕は、自転車に跨ったまま口を開けてしばらく立ちつくし、「これが……海なのか……」とつぶやいた。水溜まりしか見たことがない子どもが生まれて初めて海を見たときみたいに。  というのは噓だけど、太古の昔、渋谷に巨大なブックファーストがあったのは本当だ。信じてほしい。地下鉄渋谷駅と連結していたブックファーストではない。あのブックファーストより二百倍くらい大きくて、

河野裕「愛されてんだと自覚しな」#001

千年前の恋人と再び出会うために、輪廻転生を繰り返す杏。しかし、すっかり恋人探しに興味を失い、いまでは平穏な日常を満喫中。 現状肯定型ヒロインの恋の行方はいかに⁉ Prologue まずは、守橋祥子の紹介をしよう。  彼女は私のルームメイトで、アルバイト先の先輩でもある。  二四歳、神戸市在住。背はすらりと高く、顔立ちは中性的で美しく、艶やかな黒髪のショートボブはポップアートのような趣がある。装飾の類は好まず服装もシンプルなものが多く、普段はコンタクトだが就寝前には赤いフレー

河野裕「愛されてんだと自覚しな」 はじまりのことば

 この小説にはテーマがない。もう本当に、まったくない。  つまり読みながら、あるいは読み終えたあとで、「作者はこの物語を通してなにを言いたかったんだろう?」みたいなことを考える必要は一切ない。作者の答えはただひとつで、「なんとなく、これが面白い気がしたんですよね」だけだ。  私は本作を書き始めたころ、うっかりテーマらしきものが萌芽しそうになると執拗にそれを刈り込んで満足していたが、「これではテーマがないことをテーマとした小説になってしまうのではないか?」と危機感を覚えはじめた