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イナダシュンスケ|サクラダ君と道草コロッケ

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第28回
サクラダ君と道草コロッケ


 小学三年生の時、親友ができました。

 サクラダ君というその同級生は、足が速くてスポーツ万能、色白で茶色がかった髪にぱっちりとした大きな目と長い睫毛まつげ、明るくて成績もほどほどに良く、つまりは女子にモテまくる少年でした。僕がなぜそんな彼と仲良くなったかと言うと、単に家が近所で帰宅する方向が同じだったからです。学校帰りはだいたい、僕とサクラダ君の他に同じ方向の友人たち総勢5人で、やたらと道草を食いながら帰ったものでした。

 ある時そのメンバーで、自分たちの父親のことを話題にしながら帰ったことがありました。それぞれの父親の仕事とその肩書きについてです。そのころ僕たちはようやく、社会はおおむねカイシャというもので成り立っており、そこには「係長」「課長」「部長」「重役」という序列があるということを知り始めていたのです。

 僕に話す順番が回ってきた時、僕は自分の父親が銀行員であることまでは話せたのですが、係長だの部長だのという肩書きについてはよくわからず、その話は特に盛り上がることもなく終わりました。しかし次にカシワギ君の番が回ってくると、少年たちの興奮は一気に最高潮に達しました。なぜなら彼のお父さんは「社長」だったからです。カシワギ君の家は割り箸を作っていて、自宅に隣接する工場で毎日木を削っているお父さんこそが、何を隠そう実は社長だったということがその時判明したのです。どちらかと言うと寡黙で目立たない存在だったカシワギ君は、その瞬間まさにヒーローになりました。

 最後がサクラダ君の番でした。だいたいどんな時もその場の中心に居て会話をリードするのが常だった彼ですが、なぜかその時だけは最初からずっとおとなしいままでした。サクラダ君は、皆に促されてようやく口を開きました。

「うちにはお父さんはいないんだけどさ」

 彼を取り囲んでいた僕たちは、たぶん全員がその瞬間「しまった」と思ったことでしょう。一瞬の重苦しい沈黙が広がります。しかしその次の瞬間サクラダ君は、踏ん切りを付けたかのようにとんでもない話を始めました。

「そのかわり、ウチにはしょっちゅう『刑事のおじさん』が来るんだよね」

 僕たちは目の色を変えました。「刑事」と言えば漫画やドラマにおける花形中の花形です。「刑事」に比べれば、申し訳ないけど「割り箸工場の社長」なんて吹けば飛ぶような存在です。僕たちは結局いつものようにサクラダ君を中心に群がり、話の続きをせがむのでした。

 その時サクラダ君が語った「刑事のおじさん」の実像は、以下のようなものでした。

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