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今井真実|叫びたくなる美味しさ! 高級クレープの衝撃

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 レシピの撮影の後には、いつも「最近食べた美味しいもの」の話で盛り上がる。みんながみんな食に関わる仕事だからだろうか、それぞれのアンテナときたら、すさまじい迫力を感じられる。待ってましたとばかりに誰かが情報を披露すると、みんなで検索して一斉にGoogleマップにピンを付けていく。投稿された写真を見ては、なにこれ! 美味しそう! とわいわいと大騒ぎ。さっき試食を終えたばかりなのに、今から食べに行っちゃいたいくらいよねえといつも煩悩に苛まれるのだ。

 先日もいらしたスタッフの1人の方がクレープの専門店の話を始めた。
 しかしながら実を言うと、クレープの話に、最初私はどうもあまり興味を抱くことができなかった。それは高校時代、帰り道にクラスメイトと食べたクレープの思い出のせいである。

 いつもそこのクレープ屋さんでは、ハムチーズやツナトマトなどお食事系のクレープを頼んでいた。もともと甘いものは少しで満足する子供だったし、部活帰りときたらとにかくお腹が空いて仕方がなかったので軽食的なものを欲していたのである。
 しかしある日、うんうんと迷った末に「チョコバナナ」を頼んでしまった。これには訳があり、ずっと私が抱えていた懸案事項を解消するためだった。チョコバナナは店一番の人気メニューで親友もよく好んでいた上に、彼女が満面の笑みで美味しそうに頬張るのをいつも横目でちらちら見ては好奇心を抑えるのが大変だった。なんて幸せそうなのだろう。私もチョコバナナを食べたらそんな表情になるのだろうか。

 そしてその甘い誘惑にとうとう抗うことができなくなり、注文してしまったのである。
 どっぷりしたクレープには1本丸々のバナナが使われて、カラフルなチョコスプレー、ホイップクリームもこれでもかというほどトッピングされたうえに、さらにチョコソースがかかっていた。ああ、チョコバナナだわ、たしかに、と納得する。そして、店員さんに手渡された途端に小さく驚いた。思った以上の重量で、「私、そもそも甘いもの好きなんだっけ?」と思わず自問自答してしまう。案の定予感は的中して、最後の方は遠い目をしてやっとやっとで食べ終えた。もう口も手もべとべとで、体の中身が全て甘いもので埋め尽くされたようで、しばらく途方に暮れてしまった。

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