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感涙のフィナーレ! 朝倉かすみ「よむよむかたる」#012(最終回)

ついに公開読書会当日。亡きマンマへの想いを胸に、読む会の面々は晴れ舞台で言葉を紡ぐ。感涙のフィナーレ!

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7 おぅい、おぅい

 奇跡だな。なんと全員集合だ。やすはマスクの内側でつぶやいた。前にも言ったような気がするのだが、思い出せない。でもそんなことはどうでもよくて、とセットアップのジャケットのすそを後方にね上げ腰に手をあてる。いつもより口数の少ない読む会メンバーを見渡し、改めてほっとした。ここ一か月バタバタしていて集合時間の最終確認を忘れたのだ。よかった、よかった、とまたセカセカと研修室を出た。正面玄関まで歩いたところで回れ右。掲示板の貼り紙を見る。

 坂の途中で本を読む会 二十周年記念 公開読書会
 2022年10月10日(月・祝)
 午前11時~午後1時
 場所 市立たる文学館1階研修室
 観覧無料
 お申し込み・お問い合わせはきつシトロンまで
 電話(0134―××―××××)

 丸ごとレモンと半切りレモン、それと葉っぱを散らした背景イラストに文字をかぶせたチラシは安田が作った。喫茶シトロンはもちろん文学館を始めとする公共機関の数々のほか、を辿ってさまざまな場所に置かせてもらった。の指令で喫茶シトロンのインスタを開設し、そこでも告知した。美智留は、記念誌への広告掲載を買ってでたときから、ブランディング戦略熱が高まったらしく、デザイナーのタマヤマさんに店のロゴマークを発注し、その勢いでショップカードや、カフェナプキン、カフェナプキン入れの制作を皮切りに、絵はがき、ステッカーなどグッズ販売に乗り出した。インスタはその一環で、当日はインライとかやってみたいと張り切っている。配信の手伝いとしてご夫君が召喚されていて、安田は先ほど挨拶した。ご夫君は「ちいかわ」でいうとよろいさんみたいな感じだった。やや表情に乏しいのだが、遠赤外線チックな温かみが滲み出ている。
 貼り紙を見終えた安田は、少し歩いて、「研修室」と書かれたプレートを指差し確認して入室した。
 左手にコートハンガーと受付兼記念誌販売コーナーの長机。サッちゃんとユリちゃんが立ったり座ったりして、積み上げた記念誌の角を揃えたり、名簿のマス目を指でなぞったり、百円ショップのキャッシュケースとお菓子の空き箱を組み合わせて作成したお手製金庫にしまった釣り銭を数えては「足りる?」「イケる」「だよね」と繰り返していた。ふたりとも晴れの日の装いをしてくれていて、「ヤダそのワンピ可愛い」「なんもさ、お値打ちだもん、ZOZOのセール。ソッチだってそのスーツ、シャネルでない?」「まっさかー、でもコサージュは本物、メルカリ」と作業の合間に言い合っている。
 部屋全体に目を転じると、パイプ椅子が整然と並んでいた。五十六脚。中央に通路を設けていて、前後もほどよく間隔が空いていて美しい。ちようネクタイとシルバニアが率先して動いたたまものだ。教員時代、体育館に椅子を並べた経験の賜物でもあった。
 部屋の一番奥に登壇者席がある。奥の壁を背にして長机を三台、扇状に並べた。この配置を提案したのはシンちゃんだった。証券会社に勤めていた頃、しばしば講演会やセミナーをひらいていたらしい。椅子も机もオブザーバー的立ち位置である文学館の職員さんに誉められて、一同、鼻を高くした。
 今、午前十時ちょっと過ぎ。読む会メンバーはもう席についていた。真ん中の机に会長、右にシルバニアと蝶ネクタイといのうえさん、左はまちゃえさんとシンちゃんで、読書会が始まったら安田が末席に連なる予定である。それぞれの席の前に役職と名前を書いた紙が垂れていた。例えば安田なら「名誉顧問兼書記 安田まつ」という具合。ハンドマイクは二本借りた。ケーブルをつないだ安田がみんなにオンオフのスイッチの説明をしたのはついさっきだ。自分の名前の書かれた貼り紙が垂れる席につき、なんということもなくニヤニヤしていた読む会メンバーの顔つきが変わった。マイクの登場で、急にあがって、、、、しまったようだ。だるまさんがころんだ、と掛け声をかけられたように強張っている。
 今朝の読む会メンバーは、文学館からすぐ近くの旧国鉄みやせん跡地で待ち合わせたのち、集合時間である九時半ジャストに入館、まず手土産持参で館長室に乗り込み挨拶して写真撮影、それから会場設営に精をだしたのだが、その間、ずーっと喋っていた。喋るというか、何かを連続的に口走っているというふうで、全員が自虐ムーブを発動した井上さんみたいだった。この時点でだいぶあがっていたのだろう。それぞれの席ができあがったあたりから、だんだん言葉少なになっていき、「ふふーん」みたいな締まらない口元をして、ひたすらお行儀よく座っていたのだった。左右に視線を振ってから、会長がハンドマイクを持ち上げる。
「さあて、マイクの持ち方をレクチャーしましょうかネエ」
 老いぼれたりとはいえこのあたくし、元はプロのアナウンサー、とよい声を響かせた。一斉に注がれたみんなのワアッという目にかんとしてうなずく。
「ポイントはたったのふたつです。ひとつ、マイクをからだと平行にし——そう、さながらネクタイのごとく、ふたつ、持つのはマイクの下のほう、これだけ」
 実践してから、「こうしますとですネ」とマイクを口に突き立てるようにし、上のほうを握ってみせ、
「『すばる』を歌い上げるあたくしになります」
 さらばぁーと空いている手を広げた。
「カラオケのときとはチト違いますってことでして」
 しやに説法とは存じますが、とうやうやしく頭を下げると、「いやいやいや!」の大合唱が起きた。めいめいエアマイクで「ネクタイ、昴」「ネクタイ、昴」と角度の違いを確認しつつ「さすが会長」「やっぱりプロは違う!」「助かるネェ」「読む会は人材が豊富ですので」「スーパー戦隊みたいですね」とガヤガヤするうち、イベント終了後に予定している寿司屋の二階での打ち上げの二次会で、カラオケにでも行こうかという話になった。
「ホレ、かまえいからバーッと行ったトコ、こーちゃんマスターの」
「『プカプカ』ですので!」
「アレ? ボトルまだありましたっけ」
「なんも、なかったら入れればいっしょ」
「久しぶりにたけさんの『時代おくれ』が聴きたいですネェ!」
 と会長に言われ、蝶ネクタイが「いやーワタクシなどより読む会のそらひばりことまちゃえさんの『あい燦燦さんさん』が」と頭を搔いた流れでそれぞれのカラオケ十八番が紹介された。シルバニアは「虹色の湖」、シンちゃんは「我が良き友よ」という曲らしい。各自、早くも咳払いなどしてン、ン、ンーとハミングしだす。オーケストラのチューニングみたいな音が漂うなか、安田が声をかけた。
「すみません、お茶買ってくるの忘れてました。ひとっ走りしてきます」
 さっと手を振り、研修室を出た。玄関で三、四人の女性グループとすれ違う。全員明るい茶色いロングの巻き髪で、マキシ丈のスカートを着用、なんとも華やかな一群だった。ドアを開けたら、向こうからやってくる人らがいたので、ドアノブを持ったまま少し待つ。いかにも実直そうなご夫妻が安田に一礼して通り過ぎた。それぞれが研修室に入っていくのを確かめて、コンビニに向かう。コンビニはそんなに近くなかった。急ぎ足で歩きながら、安田は今日の二次会では何を歌おう、みんなが知ってるのがいいよな、えーっと、スマップとか? と、一曲丸ごと歌えそうな懐かしめのヒットソングを洗い出した。安田が普段カラオケで順番が回ってきたときに入れるのはレンジやサンボなんかの誰もが知っている有名どころだが、読む会メンバーとは世代が違う。ここはやはり若輩者が歩み寄ったほうがいいだろう、とスマップに当たりをつけたのだが、や、あえて若い曲をやってみるという手もある、と考えを巡らすうち、安田はみんなの前で「世界はそれを」とがなりたいような気がしてきたのだが、コンビニで買い物を済ませたら、みんなが言っていたスナック「プカプカ」が営業しているかどうか気になりだした。祝日を休みとする飲食店は多い。検索をかけたら年中無休となってはいたのだが、午後八時からの営業だった。一次会は四時に終了の予定だから、空き時間四時間は長過ぎる。としたらカラオケ屋さんだな、最悪シトロンでアカペラ、いや、確かサッちゃんがカラオケマイク持ってたんじゃ、スマホにマイク繫ぐやつ、とぶつぶつ言いながら文学館に帰還、研修室に急ぎ、開けっぱなしのドア枠をくぐる。緑茶のペットボトルの入ったレジ袋を掲げ、「戻りましたぁ」と言おうとして、息を吞んだ。客席が半分方埋まっている。
 白髪、ごま塩、薄毛、つるぴか、黒髪、茶髪、ショートにロング、ストレートにウエービー、さまざまな髪型の後頭部が安田の眼前に広がっていた。
 どの人が誰のどんな知り合いなのかは知らないが、みんなの所縁ゆかりの人たちというのは分かる。安田にはほとんどが初めましての人たちだが、みんなにしたら馴染みのある人たちで、馴染みがあるばっかりにその人たちは歩いたりバスに乗ったりして文学館の研修室までやってきて、椅子に腰かけ、公開読書会というなんだかよく分からないものが始まるのを待っている。
 安田は視線を伸ばし、観客に向き合うみんなを見た。揃ってほほをつやつやさせていて、エヘヘと笑いながらもどこを見ていいのか分からない目つきをしている。
 左からシンちゃん、まちゃえさん。真ん中に会長。そしてシルバニア、蝶ネクタイ、井上さんという並び。井上さんの前にはダブルピースをしたマンマのアクスタが置かれていて、「前会計係 とうりゆう」「新会計係 井上あや」の貼り紙が垂れている。
 最前列に陣取った一群が「ももちゃんLOVE」、「佐竹Fight」、「ウインクして!」「バーンして!」と書いた団扇うちわを振りだした。安田が玄関ですれ違った人たちで、おそらくショーコ組だろう。
 ……ふう。安田は肩で息をして、口を閉じた。「世界はそれを」が込み上げてくると同時に、どうが速くなる。ジャケットのポケットからスマホを取り出し時刻を見る。え、もう、十五分前? サッちゃんたちに時間になったらドアを閉めるよう念のため声がけし、歩きだしたらフワフワした。窓際で三脚にセットしたスマホを前にしていちゃつく美智留夫婦に手を振り返し、自分で確信する。完全にあがって、、、、る模様。口の中でつぶやきながら登壇者席に到着。みんなにペットボトルを渡して、空になったレジ袋を結びながら着席、マスクをポケットに入れ、椅子をガタガタ引いたり押したりしていたらマイクが回ってきた。

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